早朝の冷たい空気に小さく体を震わせて、半助はぱちっと目を開いた。
 透きとおった光が、明り取りの窓から差し込んでいる。

 「ふわぁ〜………ん…?」

 布団を肩まで引き上げようとして、自分の体に絡みつく暖かな腕の存在に気付く。
 不思議に思い顔を上げると、そこには、すやすやと眠る恋人の顔。

 「……」

 どうして、平太が――。

 なぜだか妙に懐かしく感じるそれを、半助はまじまじと見つめた。


 ……あ……。

 そうだ……、俺、記憶を……。


 半助は今、すべてを思い出していた。
 記憶を失う前のことも、失った後のことも――。


 半助は、再び目の前の恋人の顔をじっと見た。
 この十日間ずっと一緒だったはずなのに、なんだか、すごく久しぶりのような気がする。

 そういえば、こんな風にこいつの寝顔を見るのは初めてだな、と半助は思った。
 平太は半助よりも寝起きがいいため、こんな風に自分を抱いて眠る彼の寝顔を半助は見たことがなかったのである。
 こいつも、疲れてたんだろうな。
 きっと、すごく心配してくれていたのだろう。

 ふふ。
 かわいいなぁ。

 すーすー穏やかな寝息をたてているその顔はまるで子供みたいで、半助は人差し指でぷに、とその頬を押してみた。

 「んー…」

 平太は眉を寄せて身じろぎ、もぞもぞと半助の体を抱え直した。
 先ほどよりぴたりと裸の胸が重なり、半助はふと昨夜の事を鮮やかに思い出した。
 途端、頬がぽっと染まる。

 ……なんというか……。
 ……本当に……はじめて抱かれてしまったような気分だ……。

 そんなことを考えていると、平太の瞼が、ゆっくりと開かれた。
 薄い水の膜をはった瞳が、ぼんやりと半助を見つめる。

 「……おはよう、平太」

 「……」

 「平太?」

 平太の目が半助の上で焦点を結び、そして僅かに見開かれる。

 「……せん、せい…?」

 「あ、ああ」

 「土井、先生?本当に?思い出し、た…?」

 「…その…、なんだ。色々と心配かけて、すまなか…ぅわっ」

 最後まで言い終わらないうちに、半助はばふっと勢いよく両腕で抱き締められた。
 平太は半助の肩口に顔を埋め、くぐもった声を漏らした。

 「…っ……二度と…」

 ぎゅっと力が込められる。

 「二度と、忘れんなよ……っ」

 珍しく余裕のない声を出した恋人に、本当に心配をかけてしまったんだな、と半助は改めて感じた。そして微かに震えている背にそっと手をまわし、囁いた。

 「……うん……ごめん……」

 「……わかってくれれば…いい……」

 平太はだが、いつまでたっても半助の肩にぎゅうっと顔をうずめたまま、離れようとしない。

 「へい、た…?」

 「………」

 「あの…」

 「………」

 「もう…絶対に忘れたりしないから…」

 「………」

 それでも離れない腕に、半助は急に照れ臭くなり、ぽりぽりと頬を掻いた。

 「いつまでもそんな風に甘えてると、抱いちゃうぞ」

 そう冗談っぽく言うと、平太はようやく顔を上げ、本気で嫌そうな顔をした。

 「…昨夜と同じ顔で、そういう言葉を言わないでください…」

 その言い草に、半助はむっとした。

 「なんだよ、昨夜と同じ顔でって」

 「だって昨夜の先生、接吻も初めてで、その後も本当に十五かって疑わしくなるくらいなんにも知らなくて…」

 「わ…わるかったな!どうせ俺はお前みたいに女にもてなかったよ!」

 半助は真っ赤に染まった顔で怒鳴り返した。

 「誰もそんなこと言ってないでしょう」

 「言ってるようなもんだろう!…………なぁ」

 半助は、急に深刻な顔になり、平太を見つめた。

 「何ですか」

 「……もしかしてお前…、十五の俺の方が、よかったか……?」

 「……」

 不安げにじっと自分の反応を窺っている半助を、平太は言葉もなく眺めた。というより、呆れて言葉が出ないのである。
 はぁぁぁぁぁぁと大きくため息を吐き、半助の頭をコツンと小突く。

 「なーに言ってんの。半助は、半助だろ。十五の半助も、今の半助も、俺は大好きだよ」

 はっきりと告げると、半助は慌てたように俯いた。
 平太はそんな恋人に目を細め、赤い頬をそっと両手で包み込み、唇を近付けた。
 そのとき。

 「ああ!!」

 半助が突如大声を上げた。

 「……なんですか、一体」

 いい所を邪魔された平太は、不機嫌である。
 しかし半助は、大変なことを思い出してしまった!という風に平太を見た。

 「外泊届!!出してない!」

 「…なんだ、そんなこと。雪が降ってるんだから、帰れなかったんだなって思ってるでしょ。ここに来ることは届け出てあるから大丈夫ですよ。それに…」

 平太はちらりと窓の方へ視線を投げた。

 「まだ、帰れませんよ?」

 「…あ…」

 窓の外では、まだ白いものが舞っていた。

 「ま、どちらにしろ帰すつもりはありませんが」

 そう言うと同時に、平太は半助の体を腕の中に閉じ込めるようにきつく抱き竦めた。

 「ちょ…っ」

 「あたりまえでしょう、俺をこんなに心配させて…」

 「……ぅ……、それは本当に悪かったって…」

 「そう思ってるなら、もう黙ってください」

 そう言って、平太は半助の唇を塞いだ。





 懐かしい腕に抱かれ、緩やかに慣れ親しんだ愛撫に身を任せていると、ふと、平太が呟いた。

 「…いつか、話してくれますか…?雪のこと……。先生の、むかしのこと……」

 「…うん…。…俺も、聞いてほしい……。でも、今は」

 半助は穏やかに微笑んで、先をねだるように愛しい恋人の背に両手を絡めた。









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