「はい、どうぞ。雪も小降りになったし、これを食べたら出発しましょう」
そう言って平太は熱々の握り飯をいくつも載せた皿を、とんっと半助の前に置いた。
「いっただっきま〜す!」
満面の笑顔で半助は両手を合わせる。
「昨夜、何も食べてなかったですからね。お腹空いたでしょう?」
米と塩しかなかったのでこんなものしかできませんでしたが。
そう言って、平太も一つ手に取り、ぱくりと口にした。
「ん〜。んまい!お前、握り飯とかそーゆーのは、ほんっと作るのうまいよなっ」
「そーゆーのは…?」
「いやいや、なんでもない」
矢鱈とうまく感じる握り飯にがっついていると、がっつきすぎたのか、半助は突然ぐっと飯を喉に詰まらせた。
「んー!んー!み、水…っ」
「そんなにがっついて食べるからですよ。はい、お茶。熱いから気をつけて…」
平太の言葉を最後まで聞かずに湯呑を奪いゴクリと茶を口に流し込んだ半助は、案の定、今度は真っ赤な顔で口を押さえた。
「あっ、あつっっ!熱いっ平太っっ!!」
茶を飲んだら飲んだで大騒ぎしている半助に、平太はふぅ…とため息を吐いた。
「だから言ったじゃないですか。人の話を聞かないから…。大丈夫ですか?舌、火傷しちゃった?」
「うぅ…。舌、痛い…」
涙目で口を押さえている半助の手を、平太は苦笑しながらゆっくりと外した。
「まったく、十五の先生も今の先生も、全然変わらないな。見せてみな」
言われるまま半助がべーと舌を出すと、
「あはは、すげー真っ赤」
声を上げて楽しそうに笑われた。
半助は涙をためた目でじと…と恨みがましく睨む。
「はは、ごめんごめん。そのまま、じっとして…」
そう囁かれて平太の顔がゆっくりと近付いたかと思うと、ぺろ、と舌先を舐められた。
「っ」
吃驚してばっと顔を引いた半助の頭を、平太はぽんぽんと軽く叩いて笑う。
「痛いのが飛んでいくおまじないですよ」
「……」
半助はその笑顔をしばらく呆と見つめていたのだが、突然ぼっと顔に血が上るのを感じた。
そんな半助に、平太が不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、先生?」
平太が不思議に思うのも無理もなかった。
というのも、最近の半助は平太から受ける口付けにもだいぶ慣れ、口付けだけでこんな反応を返すことはなかったからである。
だが――。
平太に触れられた舌に、ぴりぴりとした痛みと、甘い痺れが広がる。
半助は高鳴る鼓動をどうすれば抑えられるのか、その方法がどうしても思い出せず、途方に暮れた。
記憶を失っていたとき、やはり今のようにがつがつと飯を食っていた自分に、平太が笑って頬についた米粒を取ってくれたことがあった。そのとき感じた気持ちを、記憶を取り戻した今でも、半助ははっきりと思い出すことができた。
あのとき、自分は確かに記憶を失っていたのである。なのに、思い出すのも恥ずかしいが、十五の自分があのとき平太に感じた感情。あれは間違いなく――。
半助はちろりと目の前の恋人を見た。
当の本人は、半助が妙なのはいつものことと気にしないことにしたらしく、のんびりと握り飯を食っている。
つまり俺は、結局どんな風に出会っても、こいつに、その、なんというか、、、恋してしまう、そういうことか……?
もうしばらくは元に戻りそうにない心臓の鼓動を持て余しながら、半助は照れ臭さを紛らわすように、天井を仰いだ。
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