「……」

 
昇りつめてからだいぶ経つのに、まだ体が痺れている。

 平太とするのがこんなに………とは思わなかった…。
 いまだ四肢を支配する絶頂の余韻に、半助は赤い顔を布団に埋めた。

 と、不意に横から手が伸び、裸の背をつ…と撫でられる。

 「っ」

 ぴくんと半助の体が跳ねた。
 先程から何度もこうしてちょっかいを出してくる平太に、振り払うのも億劫で目だけで睨むと、くすりと笑われた。
 なんだか妙に嬉しそうだ。

 「先生の体って、すごく敏感なんですね…」

 「…っそういういやらしい言い方すんのはやめろ!」

 半助はついに堪え切れず、ばこん、と平太の頭を殴った。

 「痛!事実を言っただけだろっ。先生こそいやらしく考えるからそうやって聞こえるんだ」

 半助はまた、ばこん、と殴る。

 「そんなにぽかぽか殴って、馬鹿になったらどうしてくれるんですか!」

 「大丈夫だ、それ以上馬鹿になることはない」

 「…さっきは、あんなに可愛かったのに」

 「………悪かったな、今は可愛くなくて」

 不貞腐れて呟くと、平太は半助の顔を覗き込んできて、にこりと笑った。

 「嘘だよ。先生はいつでも、すっごく可愛いよ」

 再びかぁと赤くなった半助に、平太は「可愛い、可愛い」と言いながら、頭を撫でる。
 髪を撫ぜる優しい感触が気持ちよく、半助は瞼を閉じた。


 平太は、これ以上ないくらい優しく半助を抱いてくれた。
 本当は、怖くて仕方がなかったのだ。
 平太とこういう関係になってから、自分がきっと抱かれる側なのだろうということは、二人の時間を重ねてゆく中で意外と自然に受け入れることができた。
 しかし、それが実際にどういうことなのか。
 半助はこれまで幾度も想像した。
 だがそれはどれも想像でしかなくて、いざその時を迎えると、平太を受け入れると決めた気持ちとは裏腹に、体は正直に恐怖を訴えた。
 そんな半助の緊張を、平太は時間をかけて、解してくれた。
 彼の優しい性格は十分に知っていたが、あんなに優しい抱き方をすることを、半助は今夜、新たに知った。


 ぼんやりとそこまで考えて、半助は、頭皮に感じる平太の指に、つい先程まで受けていた愛撫を思い出してしまった。
 途端、快感を覚えたばかりの箇所がじわりと疼き、半助は小さく息を飲んだ。
 口を布団に押し付け、乱れそうになる息を殺す。

 と、平太の指が止まった。
 ……気付かれ…たか……?
 半助の顔に血が上る。

 指はそのまま背骨を辿ってゆき、熱を持ったそこをそろ、と撫でられる。

 「っ…」

 瞬間、体に電流が走り抜け、半助は堪えるようにきつく布団を握り締めた。
 もしまたからかったら今度はぐーで殴ってやる…!と思ったが、平太はからかってはこなかった。
 半助がそっと瞼を上げて窺うと、平太は熱の篭った眼差しで半助を見つめていた。
 そしてゆっくりと体を反転させられ、吐息の零れる唇を塞がれる。

 「…ん…」

 半助の手が、平太の背にまわる。

 そのまま、再び熱に溺れた。
 どんなに抱いても、抱かれても、足りない気がした。
 渇いた土が水を求めるように、二人は何度も何度も求め合った。








 チチッ、チチッ…とさえずる鳥の声に、半助は重い瞼をゆっくりと上げた。
 窓から差し込む光が布団にあたり、部屋は清々しい朝の空気が満ちている。
 体が、、、だるい。
 ふと見ると、ぐしゃぐしゃに乱れていた布団は今は綺麗に整えられ、半助の体にはきちんと寝巻が着せられていた。体中に付着していたであろうあんなものやこんなものも、跡形もなく拭われている。これだけされても全く気付かずに寝ていたなんて、自分はよっぽど安心しきっていたらしい。
 どこへ行ったのか、平太の姿はない。

 淫靡さの欠片もない朝の光景に、半助は昨夜のことが夢のように思われた。
 だが、もちろん夢ではない。
 自分は昨夜、平太に抱かれたのだ――。
 と、昨夜のあんなことやこんなことをがまざまざと思い出され、半助の顔がぼっと赤くなった。
 ど、どうしよう……。
 は、恥ずかしいなんてものではない……。
 十代の娘じゃあるまいし、と思ってみても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 平太が戻ってきたら一体どんな顔をして会えば…っと考えたところで、カタンと音がして玄関の戸が開いた。反射的に半助はばっと布団を頭まで被り、じっと身を硬くする。
 こんもりと膨らんだ布団の小山が出来上がった。



 草履を脱ぎ、まっすぐ近づいてくる気配に、半助は布団の中で息を殺した。
 足音は、布団の足元で止まった。

 「先生、起きたの?おはよう」

 「………」

 …当たり前のように声をかけられてしまった。
 それはそうだろう。忍びじゃなくたって、半助が寝ていないことなんて、ばればれである。
 それでも半助は、黙っていた。
 黙っている以外にないではないか。
 まだ心の準備が全然できていないのだ。
 そんな半助の心の内も、平太にはばればれであろうことはわかっているが…。

 「今ね、裏の井戸で顔を洗っていたら、隣のおばちゃんに青菜をもらっちゃいました。あ、心配はいりませんよ。遠縁の者って言っておきましたから」

 「………」

 「それと、昨日買った魚、朝ごはんに焼きましょう。腹、空いてますよね?」

 …あんなに運動したんだから腹が空いてるだろう、とそういう意味か?と、半助は阿呆なことを勘ぐった。

 「先生?」

 「………」

 「そんな可愛いことをしてると、襲っちゃいますよ?」

 「!」

 がばっと半助は体を起こした。
 途端、言葉にできない場所に鋭い痛みが走る。

 「っつぅ…」

 体を丸めた半助に、平太が慌てて屈み込んで、その腰に手をあてた。

 「先生ってば、急に起きるから。大丈夫…?ここ、痛い…?」

 「だ、大丈夫だ…」

 涙目になりながらも何とか答えると、平太はもう一度静かに半助の体を布団の上に横たえた。

 「今、ご飯を作ってあげますから。もう少し寝ていていいですよ」

 そうにっこり微笑まれ、半助は赤い顔を隠すようにもそもそ掛け布団を鼻まで引き上げ、こくりと頷いた。
 そんな半助の額に小さく口付けを落とし、平太は土間へと下りていった。

 寝ろと言われて寝られるわけもなく、半助は布団の中から、平太が食事を用意している様子をずっと眺めていた。
 やがて、良い匂いが漂ってくる。

 「先生、ご飯できましたけど、どうしますか?そこで食べる?それとも、こっちまで来られそう?」

 布団で食べるなんてそんな醜態はいくらなんでも堪えられない。
 半助はのろのろと布団から這い出た。
 そして服を着替え、囲炉裏端に座ると、美味しそうな食事が並べられていた。
 ご飯、焼き魚、青菜のお浸し、味噌汁…十五の少年が作るにしては、随分と本格的な朝食である。

 「いただきます」

 手を合わせて、味噌汁を口にする。
 

 ……!?!?


 ごっくん。
 

 半助は噴き出しそうになるのを必死で堪えて、一気に飲み下した。
 …な、なんだこの飲み物は…。
 しょっぱいような、辛いような、苦いような、甘いような…。
 味噌汁って、だしをとって味噌を溶かすだけじゃないのか…??
 間違っても美味いとは言い難い奇妙な液体を前に、半助の頭は大混乱した。

 「どうですか?」

 期待を込めた視線が向けられる。

 「…これ、味噌汁……だよな…?」

 一応確認してみる。
 すると平太は照れくさそうに微笑んだ。

 「ええ。先生に喜んでもらいたくて、がんばって味付けしました」

 ……“味付け”……?

 ご飯は…、と恐る恐る箸を伸ばすと普通に美味しかった。焼き魚も美味しい。
 だが青菜のお浸しは……予想どおり、酸っぱいような、甘いような、濃いような、薄いような、いまだかつて経験したことのない、すこぶる珍妙な味がした。
 つまりその“味付け”が問題なのである。
 致命的に……。

 「美味しいですか?」

 にこにこと見つめられる。

 ……い、言えない……。まずい、だなんて……。
 半助は、頑張った生徒はとにかく誉めてやりたいタイプの教師だった。

 「う、うまい、よ」

 「よかった!実は俺、料理大好きなんです。なのに、なんでか実習のときは絶対に調理班にまわしてもらえなくて…。いっぱい食べてくださいねー」

 そりゃあ調理班などにまわせるわけがない。そんなことをしたら戦の勝敗にかかわる、、、。
 しかしどんなに不穏な代物であろうと、可愛い可愛い生徒兼恋人が、半助のために頑張って作ってくれた朝食である。半助は覚悟を決め、黙々と腹へと収めていった。

 ご飯を口に運び、お浸しをつつき、焼き魚を噛み、また味噌汁を啜る。
 その間、平太はずっとにこにこと半助を眺めていた。

 「………俺の顔がどうかしたか……?」

 どうにも気になって仕方がなく、とうとう半助は聞いた。
 平太は、やはりにこにこと笑ったまま答えた。

 「本当に先生を抱いたんだなぁって思って…」

 ぶぶっっ!!

 半助は、今度こそ味噌汁を噴いた。

 「わっ。ちょっと先生、何やってんですか」

 平太が慌てて手拭を持ってくる。

 「…っそういうことをさらっと言うなと何十回言ったらわかるんだ、お前は!!!」

 「先生、いつまでたっても慣れませんね、こういうの。は組の奴らにそーゆー話を振られてもすぐ真っ赤になるし」

 着物に付いた味噌汁を拭きながら、平太が言う。

 「わ、悪かったな、年甲斐もなくガキっぽくて……」

 「悪いだなんて言ってないでしょう?先生のそういうところ、俺、大好きですよ。それに、先生はガキっぽくなんかないよ。昨夜の先生、すごく綺麗だった」

 「………さっさとお前も食え」

 「うん」

 懲りずにまたもやそういう台詞を吐く平太にもう言い返す気力もなく、半助は赤い顔のまま黙々と食事を平らげた。










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