しんべヱ達が去ってから三日。
クロサギ忍特別処方の薬のおかげか、それとも久しぶりにゆっくりと睡眠をとったせいか、熱も下がり、半助の背中の傷も少しずつ快方に向かっていた。
それでもまだ上半身を起こすのがやっと、という状態である。
学園長からは傷がよくなるまで仕事のことは気にせずゆっくり療養するように、という言伝であったが、もうすぐ一年生の初めての期末試験であることを考えると、そうゆっくりもしていられない。
あとどれくらいで帰れるだろうか…と、半助は嘆息した。
そして、もうひとつ。
半助には気になっていることがあった。
「失礼します」
一言かかってからすぅと襖が開き、盆を手にした平太がひょこっと姿を現す。
「昼飯、持ってきたんだけど。起きられますか?」
「ああ、ありがとう」
平太は半助の背中に両腕を回し、半助の体をゆっくりと起こした。
体にまわる平太の温かな腕と、吐息がかかるほど近くにあるその顔に、半助の鼓動が跳ね上がる。
しかし平太は、半助の体を起こし終わると、当然のように体を離した。
……。
半助の気になっていることとは、これである。
怪我を負ってここに運び込まれた夜を別にすると、平太は半助にまったくというほど触れてこないのだ。
怪我の手当ては小夜がしくれていたが、それでも今のように部屋に二人きりになることは幾度もあったのに、自分達は再会してから今まで接吻すら交わしていなかった。
だからといって、平太が半助を避けているかといえば、そうではない。
たとえば。
「平太、自分で食べられるから…」
「俺が食べさせたいの」
平太は粥を匙に掬うと、それをふぅっと冷まして、半助の口元に運んだ。
そうすることが嬉しくて仕方がないという風に、にこにこと笑っている。
半助はこの状態になってから、一度も自分の手で飯を食べさせてもらえていない。
だが恥ずかしくて仕方がない一方で、一年半ぶりに再会できた平太に甘えたい気持ちは半助も同じで、半助は顔を薄赤くしながらも、小さく口を開いた。
ぱくりと匙を咥え、舌で粥を舐めとる。
それを待って、平太が匙を引く。
それが幾度か繰り返され。
「水は?」
「ああ、飲む」
平太は半助の首のうしろに軽く片手を添え、そっと唇に湯呑を押しあてた。
……。
こくり、と飲み込みながら、ここでも半助は違和感を禁じ得ない。
以前の平太ならまず間違いなく、口移しで飲ませていたはずだからだ。
そんなことを考えながら心ここにあらずで飲むものだから、水が思い切り気管に入ってしまい、半助は盛大に噎せこんだ。
「げほっっっ!!」
「わ、半助!」
「けほっっっ。む、むせた。く、くるし…」
余りの苦しさに着物に水は零すは、目から涙は溢れるはで、半助はもうぼろぼろである。
くそぅ…、全部こいつのせいだ。
半助は咳き込みながら怒りが込み上げてきた。
平太がいけない、触れてこないから…。
「大丈夫?」
「あ、ああ。けほっ」
「考え事しながら飲むからだぜ」
…気付いてたのか…。
ていうか誰のせいだ、誰の!
「けほ…っ」
「ここまで濡れてる」
水は、半助の胸の方まで濡らしていた。
平太の手が着物の合わせに掛かり、そっと寛げられる。
…っ。
どうせ触れてこないことがわかっていて、それでも胸が高鳴ってしまう自分に、半助はうんざりした。
手拭が肌を滑る感触に、無意識に吐息が震える。
半助はたまらなくなって、目を閉じた。
やがて肌を拭い終わり、手拭が離れていく気配がし、目を開けようとしたそのとき。
鎖骨に柔らかな温かい感触が押し付けられるのを感じた。
驚いて目を開いて、半助はそれが平太の唇だと知った。
え…?
さらりと首筋を平太の髪が滑り。
ゆっくりと、肌を吸われる。
「ン…っ」
懐かしい、甘い痛み。
半助の眉根がぎゅっと寄る。
続いてそこからじわり、と切ない痺れが生まれ、それはすぐに疼きへと変わり半助の全身へ広がっていった。
「…っ…・・」
半助は震える手で、平太の着物を握り締めた。
…ちゅ…と小さな音をたてて、ゆっくりと唇が離れてゆく。
「「……」」
呆然と半助が見つめると、平太は怒ったように見つめ返し――。
それから無言で立ち上がり、くるりと背を向けると、「早くその怪我なおせよ!」と言い捨て、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
……。
肌にくっきりと残る赤い痕をそっと指先でなぞると、そこは熱く熱をもっていた。
体の内に生まれてしまったどうしようもない感覚を持てあましながら、平太が自分に触れてこなかった理由がようやくわかった気がして、半助はぽりぽりと頬を掻いた。
そして、傍らに置かれた椀に目をやり、これから飯は自分で食うことになりそうだな、とぼんやりと思った。