梅雨、か。
放課後の一年は組の教室。
灰色の空からしとしとと降る雨を眺め、半助はほぅと溜息をついた。
後ろでは当番の子供達が元気に掃除をしている。
ただの掃除でよくこんなに騒々しくなれるものだとかえって感心してしまうほど、室内は子供達のはしゃぎ声で溢れかえっていた。
「先生、じゃま〜!」
「お、すまん」
窓際に呆と突っ立っていたら、箒を手にしたきり丸にしっしっとはらわれてしまったので、仕方なく職員室に戻ろうと廊下へ出る。
しかし、廊下の窓から雨に霞む山々を望み、再び半助の意識はここにはいない人の元へと飛んだ。
彼が深夜に学園を訪ねてきたのは、一昨年の、初秋。まだ、紅葉も始まっていない頃だった。
それから季節が巡り、一年目の秋を迎えても、何の音沙汰もなく。
再び木々が色付き、雪が降り、桜が咲き、それでも平太は帰ってこなかった。
あの夜から、一年と九ヶ月が過ぎていた。
教師になって四年目。
もう大丈夫だろうという学園長の判断により任された一学年の担任は、想像より遥かに忙しく。
賑やかな新入生との日常に追われているうちに、季節はいつの間にか梅雨を迎えていた。
忍者の仕事が予定どおりにいかないことは、半助も嫌というほど知りぬいている。
またいくらこの世界がシビアとはいえ、万が一最悪の事態が起きていたとしたら、よほど非情な雇用主でない限り、その知らせくらいは家族の元へ届けられるものだ。そうなれば当然、忍術学園へも報告がある。
だからといって、“その可能性”がゼロなわけではない――。
職員室に戻るつもりが、気付けば足は火薬庫へと向かっていた。
雨に濡れ少し冷えた指先で扉を開け、中に入る。
途端に半助を包み込む、埃と、火薬と、雨の匂い。
雨の日の、火薬庫。
……。
学園の中はどこへ行ってもあいつとの思い出ばかりだな、と半助は嘆息し、足元の木箱をこつんと蹴った。
はやく帰ってこーい。
浮気しちゃうぞ。
いいのか?
……嘘だよ。
そんなこと、できるわけないじゃないか。
待ってるって、約束したもんな。
だから、早くお前の笑顔を見せて――。
しばらくして、遠くからばしゃばしゃという水音とともに、誰かが駆けてくる気配がし、半助はずず〜っと音をたてて鼻を啜った。
滲んだ涙を袖口でぐいっと拭う。
「土井先生!ここにいらっしゃったんですね」
入口から聞こえた明るい声に振り返ると、乱太郎が戸口に立っていた。
「乱太郎か。どうした?」
「学園長先生がお呼びです〜。しんべヱのパパが来てるから、土井先生にも来てほしいって」
「しんべヱのお父上が?わかった、すぐに行く」
堺で貿易商をしているしんべヱの父親が学園を訪ねてくるのは珍しいことではない。
が、異国の土産物とともに、必ず厄介事もセットで持ってくるのだ、あのパパさんは。
さて今回は何をさせられることやら…と溜息をつきながらも、少しは気が紛れることにほっとしている自分を半助は感じていた。