夕焼け色に染まる道を、半子ならぬ半助は、平太と並んで歩いていた。
 二人は任務帰りである。

 今回の任務では、どうしても女装が、しかも二十代の女が必要とされたため、半助はしぶしぶ半子となったのだった。
 半助と二人だけの任務は初めてで、しかも女装のせいか、平太は今朝からずっと上機嫌だった。始めて見る半子姿に可愛い可愛いと言いっぱなしで、半助は何度うるさいと怒鳴ったか知れない。
 それでも仕事は滞りなく終え、その帰り道、二人で街をぶらついていたところに、半助は幼い少年が人相の悪い男達に追いかけられているのを見かけたのだった。そのとき平太は少し離れた所にいたため、声をかけることができずに、半助は男達の後を追った。平太から見れば突然半助が姿を消した形となった。
 その後の顛末は、たった今半助が平太に語り終えたところだ。


 「ふーん…。あいつ、惚れたな、先生に」

 「は?何言ってんだ。まだ子供だよ」

 呆れる半助に、平太は真剣な表情で言い切る。

 「いーえ。あの目。わかります。大体その姿の先生にそんな風に助けられて、惚れなきゃ男じゃない」

 「これをそんなに可愛い可愛いって言うのはお前くらいだ。ていうか、そろそろ手を放せ。もうすぐ着く」

 半助の手は、空き地を去ってからずっと平太に握られたままだった。
 例によって二人は裏山のけもの道を通っており、学園はもうすぐそこだ。

 「えー」

 「えーじゃない!」

 「ちぇ…。ああそうだ、先生。これ」

 平太はふと立ち止まり、懐から小さな可愛らしい朱色の容器を取り出した。
 蓋を開けると、それは、女性用の紅である。
 鮮やかすぎない、自然な桃色。

 「さっき店で見つけたんだ。絶対先生に似合うと思って。買ってたら先生がいなくなっちゃったんだけど」

 そう言うと、紅を少量指に掬い取り、半助の顔を軽く上向かせた。
 ぱちりと瞬く半助に平太はちょっと頬笑み、その唇にそっと触れて、色をのせる。

 「っ…」

 その色っぽい仕草に、半助の鼓動が早まった。

 「やっぱり!すげー可愛い!」

 そんな半助をよそに、平太は自分のセンスに満足したように、にこにこと半助の顔を眺めている。

 「…ありがとう…」

 半助はぽそりと礼を言った。

 どうにも、照れくさくて仕方がない。
 それに平太の女装を知っている半助からみれば、どうして自分がこんなに絶賛されるのか皆目わからなかった。
 お前の方が何十倍も可愛いだろうに、と思うのだ。





 一方平太は、なんだこの愛らしいイキモノは、と朝からずっと興奮しっぱなしだった。
 今日の任務はとある城の姫君の護衛だったが、それよりも半子を護らねば!とそのことで頭が一杯で、姫君の顔など碌に覚えていない。
 そんななので半助が姿を消したときは、焦ったなんてものではなかった。忍術学園の教師がそう簡単にどうこうされるとは思えないが、もし大人数で襲われればさすがの半助も元も子もないだろう。なによりあの可愛らしさである。
 そしてようやく見つけ出したと思ったら、なんと少年を腕の中に抱き締めているではないか。
 平太から見れば、子供とはいえ、男である。
 半助の腕に抱かれている時のあいつの顔。思い出しただけで腹が立つ。
 俺だってまだしてもらっていないのに…!
 と、要は平太は少年に焼き餅を焼いていたのだった。

 しかし、自分の選んだ紅の色が思ったとおり半助にぴったりで、さらに平太に紅を塗られ薄らと頬を染めている様子は殺人的に可愛らしく、そんな焼き餅は一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。


 「ところでさ」

 半助が徐に、くるんと大きな目を平太に向けた。
 ああもうまじ可愛い…と平太は抱き締めそうになるのを堪えるのがやっとである。

 「前から思ってたんだけど、お前って、年の割に妙に女の子の扱いに慣れてるよな。こういう紅を買ったり、他にも色々。どうしてかなぁと思って…」


 …どき…


 平太は、焦った。

 半助と恋に落ちる前、平太は明秀とともに内緒で学園を抜け出し、いわゆる女遊びも含め、夜遊びをしていた時期があった。
 ただの好奇心からにすぎなかったが、そのせいで確かに自分達には年齢の割に変に女慣れしている部分がある。
 時折無意識にそういう部分が出てしまうのは事実で、自分達の女受けがいいのはそういう理由もあるのだろうと平太は冷静に思っていた。
 しかしそれは、あまり教師であり、さらに大事な大事な恋人である半助に知られたい話ではない。
 今は、そしてこれからも、自分は半助一筋なのだから尚更のことだ。

 「俺、妹がいますから。たぶん、そのせいだと思います」

 つとめて自然に聞こえるように、平太は言った。

 「ふーん。そういうもんか」

 家族のいない半助は、そんなもんなのかな、と素直に信じたようだった。

 ………はぁ……あぶなかった………。
 罪悪感を感じないでもなかったが、それ以上に、半助にいらぬ思いはさせたくないのである。
 もっとも、妹がいるというのは本当だ。
 元気で生意気な、平太より三つ下の。
 まだまだ子供だと思っていたので紅など買ってやったことはなかったが、考えてみればもう十二である。
 この冬休みには買って帰ってやろうかな、と平太は思った。





 「あ、そうだっ。先生」

 学園の建物が眼下に見えたところで、平太は重大なことを思い出したというように、半助を呼びとめた。

 「なんだ?」

 「ちょっと、こっち来て」

 平太は半助の腕を掴み、ずるずると木陰へと引きずり込む。

 「な、なんだよ…」

 向かい合ってじっと半助の顔を凝視する平太に、半助はたじろいだ。
 こいつがこういう目をするときは、碌なことを考えていないときだ。
 案の定だった。

 「ぎゅってしてくださいっ」

 「……は……?」

 言っている意味がわからない。

 「だから!ぎゅって!」

 「ぎゅ……?」

 「あのガキにはできて、俺にはできないっていうんですか!」

 そこでようやく平太が何を言いたいのかわかり、半助の顔がさっと赤くなる。

 「ばっ…何言ってんだ。で、できるわけないだろ。改めてそんな……」

 「ずるいじゃないですか!なんであいつだけ!」

 「お前にだってやったことあるだろ!」

 「今の先生にはしてもらってません!!!」

 「お、落ち着け平太。大声を出すな…っ」

 視界を避けたとはいえ、ここはもう学園の真裏。
 どこで誰の耳に入るかわかったものじゃない。

 「わ、わかった…」

 ったくどうして俺がこんなこと…としぶしぶ了承した半助に、平太は

 「わかってくれればいいんです」

 と当然のように頷いた。

 「さ、どうぞ」

 「………」

 ど、どうぞって言われても…。
 にこにこと嬉しそうに待っている平太に、半助は覚悟を決め、おずおずと腕をまわす。
 そして、…ぎゅ…と抱き締めた。
 先程の子供のときは腕の中に包むような感じだったが、平太とは殆ど身長が変わらないため、半助の方が抱きついているような格好になってしまった。
 ………は、恥ずかしい………・。

 「……も…もういいか……?」

 羞恥に耐え切れなくなった半助がそっと体を離そうとすると、平太はすかさずぐいと引き戻し、今度は自分が半助の体に腕をまわしてぎゅ…と抱き締めた。実は平太は、朝からずっとこれがしたくてたまらなかったのだ。
 そのまま、唇を啄ばむように口づけると、半助がくすぐったそうに身じろぎする。
 半助の唇は紅のため常よりふっくらと見え、平太は思わずぺろり、と舐めた。そして、ゆっくりと丁寧に紅を舐め取っていく。

 「…ふ…ぅ…」

 唇に感じる濡れた感触に、半助は震える吐息を零した。

 「……はぁ……」

 すべて綺麗に舐め取られて、漸く唇が解放される。
 僅かに紅の混ざった唾液が透明な糸をひいた。

 「……お前が塗った紅を、お前が落としてどうするんだ……」

 「俺が塗ったのを、俺が落とすからイイんでしょう?」

 そう色っぽく微笑んで、平太は半助の濡れた唇を親指で優しく拭った。

 「それに、あの子とはこんなことしてないぞ…」

 「あいつはガキですから、こんなことできませんよ」

 ふん、と勝ち誇ったように平太は言う。
 これだけ半助を翻弄できるくせに、子供のように焼き餅を焼く平太が可笑しくて、半助はくすくすと笑った。


 無邪気に笑っている半助を腕に抱きながら、平太の内心は穏やかじゃなかった。
 半助は、自分の魅力を全然わかっていない。無頓着すぎる。
 自分が学園を去った後のことを考えると、気が遠くなる平太だった。



 冬の足音がすぐそこまで近付いている、ある夕暮れ時のこと。











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