深夜に突然半助が訪ねてきてから半刻。
 まだ夜明けまではすこし間がある闇の中。
 平太は半助の額にちゅ…と接吻を落とし、優しく微笑んだ。

 「すこし、眠ってください。授業に間に合うように起こしてあげるから」

 「ん…」

 半助は目を細めて、まるで猫の仔にでもなったような気分で、となりの暖かな体温に自分の体を摺り寄せた。
 そして、ぴったりと寄り添う。


 あったかい――。





 やがて、そのままうとうとし始めた頃。


 「……………半助」


 ふいに固い声で名を呼ばれ、半助は夢うつつで顔を上げた。
 すると平太が、何故かばつが悪そうに半助の顔を見ている。
 それから彼は、やんわりと半助の肩に手をやり、互いの体をそっとずらした。

 「へいた…?」

 「……ごめん。……でも…もうちょっとだけ……離れて……」

 「……暑かったか……?」

 言われた意味がわからず半助が首を傾げると、平太は何ともいえない苦笑を浮かべた。

 「半助……。俺たち、何か月ぶりに会ったか、わかってる…?」

 「え?…………あ…………」

 半助は恋人の言わんとしていることをようやく理解し。
 かぁっと顔に血をのぼらせた。
 一気に頭が覚醒する。
 そして、もぞもぞと布団の中で体を捩り、平太の体から離れた。

 「す、すまん…」

 「いえ…」

 こんなことにも頭がまわらないなんて、本当に今夜の自分はどうかしてる。





 だが。

 「………」

 一度意識してしまうと、今度は半助の方が眠れなくなってしまった。
 今互いの体はどこも触れ合っていないというのに、それでも確かに感じる恋人の気配に半助の鼓動は早まり、意識は覚めていく一方で。


 ……………。


 ―――だめだ。


 とてもじゃないが、眠ることなどできそうにない。
 だからといって、こんなに寝返りばかりうっていては、平太の睡眠の邪魔になってしまう。
 半助は早々に音を上げ、がばりと上半身を起こした。
 そんな半助を、平太が下からじっと見る。

 「平太」

 「はい…」

 「俺、やっぱり隣の部屋で寝るよ…」

 そう言って立ち上がりかけた半助の手首は、だが横から伸びた手にすっと捉えられた。

 「…平太…?」

 「……」

 平太はその体勢のまま少し黙り。
 それから半助の手をゆっくりと自分の唇へ持ってゆき、指先にちゅ…と小さく口付けた。

 「っ…」

 「…半助」

 指に唇を押し当てたまま、平太が囁く。

 「…」

 「さっき俺、もっとわがまま言えって半助に言ったばかりだけど。俺も半助に、わがまま言って、いいかな…?」

 一本一本の爪の付け根を、温かな唇が小さく吸う。
 そこがじんと熱をもつのを感じ、半助は震える吐息を漏らした。

 「…だけどお前、明日は仕事だって…。ちゃんと寝ておかないと…」

 「このまま放られる方がよっぽど寝不足になります」

 「……」

 「それに、半助はこれから学園まで帰らなきゃならないからって、俺、我慢してたんだけど……」

 平太は、口付けていた指先からちらりと視線を上げ、半助を見つめた。

 「――どうやら半助も眠れなくなっちゃったみたいだから」

 「っ」

 悪戯っぽい笑みとともに囁かれた言葉に、半助は顔を赤くし、視線を逸らした。
 そんな半助の体を平太がすばやく布団に組み伏せ、口付ける。

 「ぅ…ん…っ」

 すぐに深められた口付けに、半助も戸惑いを捨て、最近すっかりたくましくなったその腕にすべてを委ねた。





 相手を想うあまり、つい気を遣いすぎてしまう自分達だけど。
 時にはこんな強引さも嬉しいものなんだな、と、今半助は知った。
 もっともっとわがままを言ってほしいと言った、先刻の恋人を思い出す。


 あんなこと言って。

 あとで後悔するなよ、平太――?


 理性を押し流す熱い波にのまれながら、半助はこっそりと笑みを浮かべた。





 


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心が弱っている半助をしっかり受け止められる、そんな成長した平太を書きたくて、書きました。