■劇場■
芝居は修行のために時々行くが、実に立派で魂消(たまげ)るばかりだ。昨夜も「ドルリー・レーン」と云ふ倫敦の歌舞伎座の様な所へ行ったが、実に驚いた。もっともその狂言は真正の芝居ではない。「パントマイム」といって舞台の道具立や役者の衣装の立派なのを見せる主意であって、これはおもに「クリスマス」にやるものだが、はやるものだから去年から引き続いてやっている(倫敦は広い所だから芝居の数も無暗にあるが、はやる狂言になると三年も続けて一つ芝居をやって、そして人が入るのだから不思議なものだ)。そこでこの道具立の美しき事と言ったら到底筆には尽くせない。
(明治34年3月9日 妻鏡子へ宛てた手紙より)
【漱石が観劇に訪れた劇場】
@シアター・ロイヤル・ヘイマーケット Theatre Royal Haymarket
Aハー・マジェスティーズ・シアター Her Majesty's Theatre
Bシアター・ロイヤル・ドゥルリー・レーン Theatre Royal Drury Lane
Cヒッポドローム劇場 The Hippodrome
Theatre Royal Haymarket
夜、美濃部氏とHeymarket Theatreを見る。SheridanのThe School for Scandalなり。
(明治33年10月31日の日記より)
漱石はロンドン到着の3日後、ロンドン塔を見学したその夜に、この劇場でシェルダンの「悪口学校」を観劇しています。そして翌日には汽車でケンブリッジまで行くなど、実に精力的な活動ぶり。やはり国家の代表としての責任感のようなものがあったのでしょうか。
このヘイマーケット・シアターは、ウエストエンドにある歴史ある劇場。
現在も劇場として使用されています。
★Google Map→「Theatre Royal Haymarket」
夜のTheatre Royal Haymarket
Her Majesty's Theatre
昼より市に行き、田中氏と同道。Charing Crossに至りHer Majesty TheatreにてTwelfth Nightを見る。TreeのMalvolioなり。装飾の美、服装の美、服装の麗、人の目を眩するに足る。席皆買切。不得已(やむをえず)Galleryにて見る。
(明治34年2月23日の日記より)
上記のHeymarket Theatreと通りを挟んで向かい合って建つのが、このHer Majesty's Theatre。
この劇場は、女王が王に変わると「His Majesty's Theatre」と名前が変わります。
★Google Map→「Her Majesty's Theatre」
Her Majesty's Theatreのロビー
当然ですが、劇場内のインテリアも素晴らしいです。
私はここでオペラ座の怪人(Phantom of the Opera)を観ました。
キャストにもよると思いますが、日本の劇団四季、ニューヨークのブロードウェイと3つのオペラ座の怪人の中で、一番感動したのがここのでした。
当日に劇場のチケットカウンターに行けば、その夜のチケットを半額以下で買うことができます。上の写真の人々もそのクチ。もちろんレスター・スクエアのTKTSでも購入可。
夜のHer Majesty's Theatre
この雰囲気がたまらない(>_< )
マチネも値段が安くて悪くないのですが、やっぱり観劇は夜が一番!
Her Majesty's Theatre内部
ちょっとドリンクを飲んだりするお部屋も、物語の中のようです。
Theatre Royal Drury Lane
夜、田中氏とDrury Lane Theatreに至る。Sleeping Beautyを見ん為なり。是はpantomimeにて去年のクリスマスの頃より興業し頗る有名の者なり。その仕掛けの大、装飾の美、舞台道具立の変幻窮りなくして往来に遑(いとま)なき役者の数多くして、服装の美なる実に筆紙に尽し難し。天上の有様極楽の模様、もしくは画ける龍宮を十倍ばかり立派にしたるが如し。…KeatsやShellyの詩のdescriptionをそのまま現わせるような心地す。実に消魂の至なり。生れて始めてかかる華美なる者を見たり。
(明治34年3月7日の日記より)
写真がなかったので、ネットから拝借しました。
ここは外観はHer Majesty'sほど壮麗ではありませんが、内部はさすがに素敵ですね〜。イマイチ心惹かれる演目をやってくれないので、これまで行ったことがないのですが。
★Google Map→「Theatre Royal Drury Lane」
ヒッポドローム劇場 The Hippodrome
昼、Hippodromeを見に行く。Twopence Tubeを出ると方角が分らない。反対の方へ歩行を行った。それからcabに乗った。それからHippodromeに行くと席がなくて5シリング払った。Cinderellaを見た。獅子や虎や白熊などを見た。帰りにbusに乗ったら「アバタ」のある人が三人乗っていた。
(明治34年3月30日の日記より)
ここは今回ご紹介した中で唯一、現在では劇場として使用されていない建物。wikipediaによると、2011年現在、カジノとすべく改装中とのこと。
この写真もネットからの拝借です。
★Google Map→「The Hippodrome Casino, london」
ロイヤル・アルバート・ホール Royal Albert Hall
「明日の晩は当地で有名なPattyと云ふ女の歌をアルバート・ホールへきゝに行く積り。小生に音楽などはちとも分らんが、話の種故この高名なうたひての妙音、一寸拝聴しようと思ふ」
(明治34年11月20日 寺田虎彦へ宛てた手紙より)
★Google Map→「Royal Albert Hall, london」
Royal Albert Hall内部
この写真はBBC PROMSを聴きに行った時のもの。
日本では2万円近くするシカゴ・シンフォニーのコンサートが、アリーナ席の立見でなんと5ポンド(約700円)で聴くことができるんですよ!
イギリスのこういう芸術に対する姿勢は、本当に素晴らしい。
ここで、面白いイギリス人に会いました。立見席で友達と日本語で話していたら、「はい、はい、ちょっとすみませんね〜」と非常に流暢な日本語で人をかきわけ近づいてくるイギリス人のおっちゃん。昔日本に住んでいたことがあるそうで、私達と話をしたかったようです。ロンドンに住んではいないそうで、コンサートが終わったらすぐに帰らないと最終電車に間に合わないんだよ〜と言っていました。一人でわざわざクラシックを聴きにくるだけあり、なかなか音楽の話も詳しく、楽しいひとときでした^^。
在英中に老若男女あらゆるイギリス人と出会いましたが、私の中で一番のヒットだったのは「イギリス人のオヤジ」です。内心で東洋人をどう思っているかは知りませんが、レディーファーストが徹底していて、知的でユーモアのある人が多い。日本人のオヤジどもにぜひ見習ってもらいたいものだと通勤ラッシュの電車の中で常々思うのであります。