「っくしゅん!!」

 「そんな薄着で来るからだ」

 隣で盛大なクシャミを披露した沙希に、平太は呆れたように言った。

 冬のからりと晴れた空の下、街道を移動する賑やかな一団。
 六年は組と、くの一教室の面々である。



 ここ数日悪天候が続き、ようやく訪れた晴れ間の今日、半助と伝蔵は《は組》の課外授業を行うことに決めた。
 朝食をとりながらその打ち合わせをしていたところで、たまたま同席していた山本シナ先生が「あら、うちもご一緒させていただこうかしら?」とニコリと笑った。
 もちろん断る理由は、どこにもなかった。



 「な、なんだこれは……」

 朝食後、外出着に着替え集合場所である正門に向かった半助は、その光景に目を丸くした。
 理由は、くの一達の服装にある。
 ただの街での課外授業にもかかわらず、そのお洒落度が半端じゃない。その一角だけ、一足も二足も早く春が訪れてしまったような華やかさなのである。

 な、なんでこんなに気合がはいってるんだ…??
 たじろぐ半助に、山本シナ先生が苦笑しながら声をかけてきた。

 「すみませんねぇ、土井先生。みんな、は組との合同授業と聞いた途端に急に張り切っちゃって…。授業をしにいくのか何をしにいくのか、困った子たちですわ」

 「い、いえ。うちの生徒達もこんな可愛い女の子達と一緒に外出できて、喜んでいますよきっと…」

 ははは…と半助は頬を引き攣らせながら、なんとか答えた。
 後から来た伝蔵も、目を丸くしている。
 は組は平太と明秀以外にもくの一教室で人気の生徒が多いと以前聞いたことがあったが、どうやらそれは事実のようである。



 そんなこんなで、ほとんど合コン状態と化した街での課外授業も昼過ぎには無事終わり、忍術学園へと戻る帰り道。

 「そんな薄着で来るからだ」

 平太に呆れた視線を向けられた沙希は、鼻を啜りながら悔しそうに言い返した。

 「うるさいわねー。周りにあんなにお洒落されちゃ、一人だけしないわけにいかなくなるじゃない。まったく面倒くさいったら…っくしゅん!!」

 平太は再び呆れたような視線を投げると、軽く息を吐いて上着を脱ぎ、ばさりと沙希の頭にかぶせた。

 「、、、なによこれ」

 沙希が上着から顔を出し、平太を見る。

 「着てろよ、風邪引くぜ」

 「い、いいわよ。自分の健康管理くらい自分でやるわよ」

 「二度もくしゃみしといて何言ってんだか。いいから着とけ」

 「…あんたが寒いじゃない」

 「俺はへーき。女の子はそんなこと気にしないで、受け取ってればいいんだよ」

 「…女の子っていっても、くの一よ」

 「くの一だって、女の子だろ?」

 平太は、普段あまり見ることのない沙希の髪飾りを指先で弾いて、微笑んだ。

 「……ありがと……」

 沙希は照れ臭そうにぽつりと礼を言い、上着に手を通した。




 「……」

 半助は、平太と沙希のやり取りを、少し離れた後方からじっと見つめていた。

 「気になりますか?」

 突然背後から掛けられた声にはっと振り向くと、明秀が面白そうに半助を見ていた。
 みんな前にいるものとばかり思っていたため、少し驚く。

 「あいつ、俺と違って誰にでも優しいですからね」

 「べ、べつに気になんて」

 「へぇ。気にならないんですか?」

 「……」

 「あれを見ても気にならないなんて、大人は余裕ですね」

 「……」

 「沙希は国元に許婚がいますが、あんな風に優しくされれば心も動くでしょうね。沙希みたいな勝気な女は特に」

 「…何が言いたいんだよ」

 「別に何も。ただ嫉妬もしないなんて、さすがだなって思っただけです」

 「……そんなに妬かなきゃいけないのか?」

 半助の声音が不穏な響きを帯びた。

 「…?」

 明秀が怪訝そうに半助を見る。

 「大人の余裕…?」

 「…あの」

 「そんなのあるわけないだろっ!!」

 突如放たれた大声に、前を歩いていた全員が振り返った。
 半助はその視線を全て無視して、列の先頭にいる伝蔵の方へ歩いていってしまった。

 「なんだ、何があったんだ?」

 「めずらしいな、半助ちゃんがあんな風に怒鳴るなんて。しかも明秀に」

 ざわめく声の間を潜り抜け、平太が明秀のもとへ駆け寄ってくる。
 そして声を落として、睨みつけるように言った。

 「お前、先生に何を言ったんだよ」

 「何も」

 「そんなわけないだろ!」

 「怒鳴ったのは半助ちゃんの方だぜ?なんで俺がお前に怒られなきゃならないんだよ」

 「どうせお前が怒鳴らせるようなことを言ったんだろ。それに……」

 「それに?」

 「先生ってなんだかんだいっていつも冷静なのに。お前が先生をあんな風に動揺させたのかと思うと…、なんか、面白くない」

 そう不貞腐れたように言った平太に、明秀は噴き出しそうになった。
 ほんと、素直な奴。
 そんなところも自分とは違う。
 だから、お前のことだから半助ちゃんはあんなに動揺したんだよ、と素直に教えてやるつもりはないが。

 それにしても――。

 「しかし、妙だな」

 明秀は首を傾げた。

 「何が?」

 「いや、半助ちゃんが、さ」

 平太の言うとおり、半助はあれでかなり冷静な人間だ。
 あの程度の挑発に簡単に乗るような性格ではない。
 いくら平太のことだと言っても、だ。

 そのとき。

 「半助!!?」

 列の先頭の方で、伝蔵の大声がした。
 平太と明秀は顔を見合わせ、急ぎ駆けつける。

 するとそこでは、半助がばったりと力なく地面に突っ伏していた。
 顔が赤く、息も荒い。

 「土井先生!?」

 生徒達が心配そうに周りを囲む。
 伝蔵は半助の額に掌をあてると、すぐに眉を寄せて、溜息をついた。

 「…すごい熱だ。寒気がするとは言っていたが、こんなに酷いとは顔に出さんから全くわからなかった…。山本先生、私は先に土井先生を連れて学園に戻ります。申し訳ありませんがうちの生徒の引率もお願いできますか?」

 「わかりました。もう帰るだけですから大丈夫ですよ。それよりお早く」

 伝蔵は頷くと、自分より遥かに長身の半助の体を軽々と抱え上げ、瞬く間に姿を消した。

 「…なるほどな。いつもと様子が違ったのはそのせいか」

 明秀が納得したように呟く。
 そしてふと隣を見ると、なにやら平太が凹んでいた。

 「どうした?」

 「…俺、先生が体調悪いのに、全然気付かなかった…」

 「あれに気付くのは無理だろ。山田先生でさえ気付かなかったんだ。俺だって話してても熱があるなんて全然わからなかったぜ」

 しかしそんな言葉は、平太にとってなんの慰めにもならないのだった。




 学園に到着してすぐに、平太は半助の部屋を訪れた。
 そっと襖を開けると、半助は一人、布団の中で寝ていた。
 伝蔵の姿はない。

 「先生?大丈夫ですか…?」

 気だるげに顔を向けた半助に、平太は襖を閉めて枕元に腰を落とし、静かに声をかけた。

 「苦しい?」

 「大丈夫だ…。わるいな、心配かけて…」

 「そんなこと…」

 「昨日の夜、遅くまでテスト問題を作ってて、朝起きたら熱があって…。それでも大丈夫だと思ったんだが、駄目だったな。山田先生にも迷惑をかけてしまった…」

 平太はすっかり温くなっている額の手拭いを取り、冷たい水で絞って、再び額に載せてやる。半助は気持ちよさそうに目を閉じた。

 「水、ほしい…」

 「ええ、今あげます」

 平太は半助の首を片手で支えると、当然のように傍らの茶碗の水を自分の口に含み、唇を重ね合わせた。

 「ん…」

 ゆっくりと冷たい水を半助の口内へと流し込む。
 こくんと喉が動くのを待って唇を離すと、半助の手が抱擁を求めるように平太の方へと伸ばされた。
 が、すぐ思い直したように引っ込められる。
 いつ伝蔵が戻って来るかわからないからである。
 平太もそれは承知しているので、抱き締めることはせず、湿った前髪を掻きあげ、そのまま髪を撫でてやった。

 優しい感触に、半助はひどく安心して、長い息を吐いた。
 その息は、半助自身がびっくりするほど熱かった。

 「まだ夕飯まで時間があるから、ゆっくり寝るといいよ。後で、お粥をここに運んであげるから」

 そう言って平太はちゅ、と半助の瞼に口付けた。
 その優しい優しい口付けに、半助は心の中で苦笑する。

 …妬かないって…?
 そんなわけないじゃないか…。
 それでも、こんな優しいこいつが俺は大好きなんだから、仕方がないだろう…?








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