あれからまもなくして、文次郎は結衣と別れた。
 明日から冬休みで、今学期の授業も午前中で終わったその日。
 中庭の木の下で昼食をとりながら、いつものように最初にそれを仙蔵に報告すると、大抵この手の話は適当に流すだけの彼は、珍しく驚いた顔で「どうして?」と言った。

 「どうしてって、何が?」

 「どうして別れたんだ?」

 「このまま付き合い続けるわけにはいかないだろ。彼女に対する気持ちは恋なんてものじゃないって、気付いてしまったんだから。それでも付き合っていたら、彼女に対して失礼だ」

 文次郎は憮然としてそう言った。

 「そんなに真面目に考えんでも、みんなもっと気軽に付き合っているぞ」

 「いいんだよ、俺はこれで」

 文次郎は最近の色々なことがふっきれたように微笑み、師走の乾いた透明な空を見上げた。

 「ふぅん…」

 仙蔵はもうこの話題には興味をなくしたように、再び飯を口に運ぶ。
 いつもの仙蔵だ。
 文次郎はそんな仙蔵にニヤリと笑った。

 「ほっとしたか?」

 「どういう意味だ」

 「俺が結衣と付き合い始めたとき、なんかお前、面白くなさそうにしてたからさ。俺をとられちゃったみたいで寂しかったのかなーと思って」

 「…ふん、馬鹿らしい」

 あまり調子に乗ると宝禄火矢が飛んでくることがわかっているので、引き際を心得ている文次郎はその辺りでやめ、自分ものんびりと箸を動かす。

 「そういえばお前、最近また俺のこと避けなくなったな」

 「始めから避けてなどいない」

 「まあお前がそう言うんなら、それでいいけどな」

 そうして文次郎が冬枯れの芝生の上に食べ終わった盆を置いたとき。

 「あ」

 仙蔵が小さく漏らした声に視線を上げると、半助が乱きりしんと賑やかに何かを言い合いながら、こちらの方へやってくるところだった。
 これも、すっかり学園名物となった光景である。

 「潮江先輩、聞いてくださいよ〜っ」

 きり丸が一人てててっと走ってきて、うわ〜んと文次郎の膝に泣きついてくる。

 「どうした、きり丸」

 「土井先生がっ、土井先生がっ、しめ縄作りと角松作りのアルバイト、手伝ってくれないって言うんすよー!ひどいと思いませんか!?」

 …いや、土井先生が手伝ってくれて当然と思っているお前の方がひどいだろ、と文次郎と仙蔵は心の中でつっこんだ。

 「手伝わないとは言ってないだろう?冬休みの宿題を終えてからにしろと言ってるんだ、私は!」

 「ですから宿題が終わってからじゃ納期に間に合わないって言ってるじゃないすか〜!」

 「そんな大層な量の宿題、出してないじゃないか…」

 「ひ、ひどいっっっ。庄左ヱ門ならともかく、僕の頭じゃそんなに早くできないのわかってるくせに、そういうことを言うなんて!ひどすぎるぅ〜〜〜!!!」

 きり丸は、先生の鬼ぃ〜!と声を上げて号泣した(明らかな嘘泣きだが)。

 「だいじょうぶだよ、きり丸!きり丸のアルバイトは僕と乱太郎が手伝ってあげるから!」

 そう言ってどんっと頼もしく胸を叩いたしんべヱの襟首を、半助がすかさず掴む。

 「しんべヱ〜?お前と乱太郎も宿題がまだだろ〜?」

 「…あ、そうでした」

 てへっと笑うしんべヱも、相変わらずで。
 文次郎はふぅと溜息をつき、膝の上のきり丸の頭をコツンと小突いた。

 「宿題なら俺たちが見てやるよ。今日の午後だったら、時間あるし。ただし、見るだけだぞ!まずはちゃんと自分でやるのが条件だ、わかったか?」

 “ちょっと待て!なぜ私まで!!”という横からの視線を無視して、文次郎は言った。

 「わ〜、さっすが先輩!!」

 「やったね、きりちゃん!」

 「ありがとうございます〜!潮江先輩、立花先輩!」

 大喜びの三人に、半助は苦笑して、三つの頭をぽんぽんぽんっと叩いた。

 「よかったな、いい先輩をもって。いつかお前達も同じように後輩に教えられるように、頑張るんだぞ」

 「「「は〜い!」」」

 じゃあ早速宿題をとってきま〜す!と、三人は長屋の方へ元気いっぱいに駆けていった。
 それを見送ってから、半助が振り向く。

 「悪いな。潮江と…、立花もよかったのか?」

 仙蔵は、半分諦めたように笑った。

 「ま、こんな風にあいつらの面倒を見てやれるのも、あとすこしですから」

 仙蔵の言葉に、半助も「そうだな…」と少しだけ感慨深げな表情を浮かべる。

 「年を越したら卒業はあっという間だ。思い残すことのないようにしておけよ」

 「「はい」」

 「それじゃあ悪いけど、あの三人のこと、よろしく頼むな。私はこれから会議があるので失礼するよ。まぁ本当は、そういう名前の慰労会なんだが」

 そう悪戯っぽく笑って、半助も長屋の方へと走って行った。



 ―――こうして話していても、まだ胸は痛むけれど。
 きっとすこしずつ、すこしずつ、この痛みも、消えていくのだろう。
 冬が終われば、かならず春が来るように。

 そして来年の三月、自分達はこの学園を卒業する。






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