「それで、“忍術学園”に入りたいから、お金を出してくれって。あの忍者みたいに強くなるんだって。…そりゃあ私も主人も初めは反対しましたよ。先生の前でなんですが、忍者はとても危険な仕事ですし……。でも親が何を言っても、あの子があんなにやりたいって言い通したのは、初めてだったんです。なら、そんなにやりたいのなら、やらせてみよう、と」
「………」
母親の話を聞きながら、半助は真っ赤になった顔を上げられないでいた。
……思い出した。
……全部……。
もう何年も前、半助は任務中に、女の子のように可愛らしい少年を山賊から助けたことがあった。
任務の最中にそんなことをするのは禁じられていたが、どうしても放っておくことができなかったのだ。
……あれ…平太だったのか……。
ていうか、どうしてこの話を聞くまでこの場所のことを思い出さなかったんだ、俺、、、。確かにあの頃は四方八方飛び回ってはいたけど、方向音痴にもほどがある、、、。
「ですが今は、あの子を忍術学園にやって本当によかったと思っているんですよ」
母親の言葉に、半助ははっと顔を上げた。
「あんなに弱かった体がすっかり丈夫になって。…それに何より、本当に大切な人を見つけることができたのですもの」
「…た、大切な人とは…・・」
半助の問いかけに、母親は優しく微笑んだ。
「正直、昨年末に最初に聞かされた時は、やっぱり戸惑ったんです。ですが、先日卒業式で先生にお会いして、私も主人も息子の気持ちがやっとわかりました」
「あ、あの…・・」
「あの子は長男ですけど、そもそもうちは跡継ぎがどうのっていうほどの家柄じゃありませんし。あの子が選んだ人と一緒になって幸せでいてくれることが、親にとっても一番の幸せだと思っています。………先生」
母親は、きっちりと居住まいを正して、半助の方へ向き直った。
「は、はい」
反射的に半助も背筋を伸ばす。
「ふつつかな息子ですが、あの子のこと、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」
そう言って、母親は深々と頭を下げた。
「!?!?」
そこにガラリと玄関の戸が開き、平太が使いから戻ってきた。
「ただいまー。………どうしたの、母さん。頭なんか下げて」
母親はぱっと顔を上げ、にこりと笑った。
「今、先生にあんたのことをお願いしていたところよ。末永くよろしくって」
「ちょ…っ、それは半助には内緒だって言ったろ!」
「あら、何言ってんの。親として、息子の大切な方にきちんとご挨拶しておくのは当然のことですよ。ねぇ、先生?」
……。
「本当に、どうぞこの子のこと、よろしくお願いいたします」
そう言って、もう一度頭を下げられ。
「…………こ…こちらこそ……よろしく……おねがいします………」
半助も、ぎくしゃくと頭を下げた。
……一体それ以外に、何ができたというのだ……。
そんな半助を、平太が気まずそうに見ていた。
街道をずんずん歩く半助を、平太が追いかけるように付いてくる。
「なあ、機嫌直せよ」
「…別に怒ってない」
「怒ってるだろ?」
「何を怒る必要があるんだよ。ああ、お前が俺に嘘を言ってたことか。出張の途中だとかって」
「やっぱり怒ってるじゃないか…」
「……」
半助は、立ち止った。
「……怒ってないよ。……ただ、ちょっと戸惑っているだけだ……」
そう小さく呟いて、半助は視線を下げた。
平太は少しの間黙ってから、半助の正面へと回り込み、そっと半助の顔を上げさせた。
「うちの親のことなら、何も心配いりませんよ。言ってたでしょう?子供の幸せが自分達の幸せだって。俺も舞も、昔から繰り返し言われている言葉です。…どんな形であろうと、俺や舞が本当に幸せなら、うちの親はそれでいいって心から思ってる」
「……」
「俺が言うのもなんだけど、自慢の親なんだ」
そう言って明るく笑った彼に、半助はようやく苦笑を零した。
平太のような子供が育った理由が、わかった気がしたからだ。
夕方には宿に到着し、夕餉を食べ終えると、半助はすぐに着替えを持って立ち上がった。
…なんだか今日は、すごく疲れた…。
「風呂、入ってくる」
「ええ。いってらっしゃい」
「お前は?」
「後で入るから、いいよ」
「そうか?じゃあ、お先に」
共同の風呂場でゆっくりと時間をかけて熱い湯に浸かると、少し心身の疲れがとれた。そして部屋に戻ると、既に布団が並んで敷かれてあった。
半助はなんとなく落ち着かない気分になり、意味もなく布団を避けて部屋の隅に腰を下ろす。
と、平太が着替えを手にして立ち上がった。
「俺も入ってきます」
「お前も一緒にくればよかったのに。ここの風呂広かったし、他に誰もいなかったぞ」
すると、平太はくすりと笑った。
「珍しく積極的ですね」
「っそ、そういう意味で言ったんじゃない…!馬鹿なことを言ってないで、さっさと行け!」
ぼすんっと枕を投げると、平太は余裕でそれを受け止めて、屈託なく笑った。
そして、湯上りのせいだけではなく火照った半助の耳に唇を寄せる。
「いい子で待っていてくださいね。寝たらだめですよ」
「…わ、わかってる…」
そのまま耳たぶを小さく吸われて、半助はぎゅっと目を瞑った。
目を開くと、すとんと閉まる襖が見えた。
やがて入浴を終えた平太が戻ってきた。
言葉が交わされるより前に、視線が絡み合う。
そして互いの腕が同時に伸ばされ、布団に倒れこむように二人は体を重ねた。
少し性急に浴衣の襟を開かれ、鎖骨に唇が押しつけられる。
「ん…」
「今日は、いっぱい声出していいよ…」
半助の口から漏れた声に、肌に唇を押し当てたまま平太が囁いた。
「ばか、何言って…んん…っ」
柔らかく胸の突起を甘噛みされ、びくりと体が跳ねる。
昨夜中途半端なまま止められたせいか、それとも平太が卒業してから初めてのせいか、半助はひどく敏感になっている自分に戸惑った。
「ふ…、ぅんっ…」
「…半助…今日、すごく感じてる…」
「…や…っ」
改めて指摘され、羞恥で頭がおかしくなりそうになる。
「もっと、気持ちよくなって……」
臍をざらりと舐められ、さらに位置を下げていく唇に半助は息を飲んだ。
「ちょ…っ…待て、平太…っ」
だが半助が制止する間もなく、すっかり昂った熱にちゅ…と口付けられてしまう。
「っ…そんな、の…だめ…だ…!」
こんなこと今まで一度もされたことはなかった。
生徒のときは、一度だって…。
必死で身をよじるが両手で押さえつけられ、そのまま戸惑うことなく口内に含まれる。
「だ…め…っ…」
頭を引きはがそうとしても、感じている体では力が入らず。
唇と舌が丁寧に優しく愛撫していくのを、半助はぎゅっと目を瞑って耐えた。
くちゅ…ちゅく…と濡れた音が部屋に響く。
「…ふ……ぅん…ん…っ」
……熱、い……。
唇と舌での繊細な愛撫に、半助の熱はこれまで感じたことのないほど昂っていた。
涙が、溢れる。
「くぅ…っ…んん…ンっ」
半助はぎゅぅ、と体の下の布団を掴んだ。
自分の体なのに、自分ではどうにもできなくて。
半助の口から、この熱を解放してくれる唯一の人の名が零れる。
「へい…たっ」
「……」
「もっ、う…!」
「…いきそう…?」
ただ、こくこくと頷くことしかできない。
「…ん…いいよ…。このまま…いって」
ゆっくりと吸い上げられ、絶頂を促される。
「…!!!」
半助はぶるり、と一度大きく体を震わせ。
それから、ぐったりと布団の上に四肢を沈めた。
「…こんな…こと……」
上がった息のまま、半助は上気した顔を背けた。
平太の顔が見られない…。
「けど、すごく気持ちよかっただろ?」
「……」
優しく髪を撫でられながら、もう片方の手が半助の奥へと伸ばされるのを、半助はじっと息を止めて耐えた。
指先が僅かに埋められ、内部をゆっくりと確かめるように撫でられる。
「ん…ぅん…」
途端、そこがひくりと蠢き、続いてじわりと広がった疼きに、半助の口から喘ぎが零れた。
と、なぜか平太が小さく微笑んだのがわかった。
そして、そっとそこから指が抜かれる。
「…?」
半助は、窺うように瞼を上げた。
いつもなら、ここで指を挿入され、慣らされるはずなのだ。
だが代わりに静かに押し当てられたのは、彼自身の熱だった。
半助は焦った。
「っおい、待…っ。だって、まだ…」
「大丈夫だから」
平太が、安心させるように半助の頬を撫でる。
そして。
「ぇ…………あっ…あぁ…・!」
ゆっくりと入ってきたそれに、半助はぎゅっと目を瞑り、来るべき痛みへと身構えた。
だが、覚悟していた痛みは、どれだけたっても訪れることはなく。
……え……?
代わりにそこを支配しているのは、甘い疼き。
「んん…ん…」
半助の内部は、柔らかく全てを受け入れていく。
やがて最後まで収め切ってしまい呆然としていると、平太に優しく微笑まれた。
「な…?全然痛くなかっただろ?」
「っ…」
そのときようやく半助は、そこが慣らされる必要がないくらいに溶けきっていたのだということに気付いた。
あまりの羞恥に真っ赤に染まってしまった半助の頬に小さく口付け、平太がゆっくりと動き始める。
「ふ…」
「気持ちいい…?」
「んっ…んっ…」
平太の背にしがみつくと、頭を撫でる手の感触。
…すごく、いい…。
そんなこととても口にはできないが、平太にも伝わってしまっているはずだ。
「くぅ…っ…ん」
「俺も…すごくいいよ…」
「ぁっ…んん…っ」
次第に早くなる動きに、体中に痺れが広がっていく。
どんどん鋭敏になる感覚と反比例して頭の芯が鈍く霞んでいき、何も考えられなくなる。
「ふ…ぅンっ…んんっ…あっ、ああ!」
半助はたまらなくなって、ぎゅっと平太の背に両足を絡めた。
より深くなった交わりに、半助の体が大きく震える。
「あ……ああーーー!!!」
「っ半、助…!!」
逸った背をきつく抱き締められた記憶を最後に、半助の意識は白く霞んで、溶けた。
「じっちゃん!」
涼やかな、子供特有の高い声。
少年の元へ老人が心配そうに駆け寄っていくのを、半助は木の上から見守っていた。
現れる人間が少年に害を加えない人物であることを、見届ける必要があったからだ。
老人は、少年の知り合いらしかった。
親しげに言葉を交わす彼らに安心し、半助がその場を去ろうとした、そのとき。
耳に届いた言葉に、半助の足は止まった。
「どうすれば忍者になれるんだ?俺、忍者になりたい!」
きらきらと目を輝かす少年を、半助は木の上から小さな驚きとともに見つめた。
“忍者になりたい”
“忍び”という職業をそんな風に見たことなど、半助はそれまで一度もなかったからだ。
その日一日を生き伸びることさえ奇跡のような、そんな状態にいた半助を、今の師匠が拾ってくれた。
いうなれば“忍者になる”のは半助にとって当たり前のことで、それ以外の選択肢などありえなかったのだ。
今はそれでよかったと心から思っているが、“忍者になりたい”と目を輝かしている少年は、半助の胸に今まで感じたことのない爽やかな風を吹き込んだ。
任務の合間に訪れた束の間の清風に微笑み、半助は今度こそ枝を蹴った。
がんばれ。
口の中で小さく呟いた言葉は、少年へ届くことはないだろうけれど――。