ゴー・・・ン


 もう幾つ目かわからない鐘の音を、半助は布団にくるまって聞いた。

 あと少しで今年も終わる。
 初詣に行くのだろう、表ではざわざわと人の気配がしており、年の瀬らしいその喧騒が部屋の内まで伝わっていた。
 それでも、一人の家は静かだ。

 冬休みに入る少し前、伝蔵から彼の家で年越しを過ごさないかと何度も誘われたが、半助は丁重に断った。
 伝蔵は長く単身赴任で、一人息子の利吉も近く家を出ると聞いている。
 貴重な家族水入らずの時間に、他人の自分が入り込むわけにはいかない。


 ずずず・・・

 布団にくるまったまま囲炉裏端に座り、温かな蕎麦を啜る。
 先日平太と一緒に買い物に出た際、一人年越しを過ごす半助に、平太が半ば強引に買わせたものである。
 年越し蕎麦には長寿を願う意味があるのだから食べなきゃ駄目です!とか妙に年寄り臭いことを言っていたが、年越しを家族と過ごす平太が、半助に少しでも年の瀬らしい気分を味わってほしいと思っていることがわかったため、半助も料理の面倒を思いながらも大人しく従ったのだった。


 ずるずる・・・

 自分で言うのもなんだが、なかなか美味い。
 もし今ここに誰かさんがいたら、きっと張り切って作ったことだろう。
 どんな味になったかは想像することすらできないが。
 あいつにあんな面があったとはな・・・。
 欠点らしい欠点のない恋人がみせた意外な面を思い出し、半助はくすくすと笑った。
 もっとも、本人は欠点とは思っていないようだったが。


 ずず・・・ぷはーっ

 最後の一滴まで飲み干して、半助は一息ついた。

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。
 途端にぴゅ〜っと冷たい隙間風が襟元に吹き込み、慌てて羽織っている布団を胸の前で重ねた。
 布団にくるまりながら蕎麦を食うなど教師としてどうかと自分でも思ったのだが、寒いのだから仕方がない。

 平太がいたときはこんなに寒くなかったんだけどな。
 気温が下がったのだろうか。
 ふと、この同じ布団に共にくるまった温もりと匂いを思い出し、半助は一人顔を赤くした。
 途端に、ほっこりと体が温まる。


 ・・・どうも自分はさっきから平太のことばかり考えている。
 いや、さっきからではない。
 平太が帰ってからというもの、半助はずっとこんな状態なのだった。


 ゴー・・・ン


 厳かな鐘の音も、この煩悩は払ってくれそうにないな・・・、と半助は苦笑した。

 今頃、彼もどこかで鐘の音を聞いているだろうか。
 いや、賑やかな家族のようだから、そんな暇はないかな。
 少しは、自分のことも思い出してくれているだろうか――。


 こんなにのんびりした年越しは本当に久しぶりだった。
 去年は任務をしていて、気付けば年が明けていた。
 あの頃はまだ平太とも出会っておらず、一年後にこんな穏やかな年末を迎えることになるなんて想像すらしなかった。
 目まぐるしく過ぎたこの一年を思うと、夢のような気がする。


 それぞれの故郷でやはり新年を迎えようとしているであろう者達の顔を、半助は思い浮かべた。
 実の親のように半助を心配してくれる伝蔵、顔を合わせば喧嘩ばかりする安藤先生、子供みたいに無邪気でちょっと困った学園長とヘムヘム、胃痛の元である可愛い可愛い生徒達、そして平太――。

 今自分は一人だけれど、一人じゃない。
 どんなに寒い夜でも心まで凍らずにいられるのは、人の幸せを願える自分でいられるのは、彼らのおかげだ。
 自分は本当に幸せ者だと、心から思う。


 そのとき。

 「あけましておめでとう!」と言い合う声が、窓の外で聞こえた。
 どうやら年が明けたようだ。


 半助は初詣へ行く代わりに、ぬくぬくと布団にくるまりながら、ぱんぱんっと手を打って、目を閉じた。



 今年も、どうかみんなが健康で、いつも笑顔でいられますように――









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