あなたのことが、好きだ――。
「……」
平太の腕の中で、半助はしばらく何も考えられずに呼吸を止めていた。
……平太が……俺…を…・・・?
半助はゆっくりと顔を上げ、平太の顔を見た。
切なそうに、しかしまっすぐな眼差しで半助を見つめる目。
その目を見た瞬間、半助の心が震えた。
あの雨の日の火薬庫で、泣いた自分に「一人じゃない」と言ってくれた平太。
以来、あんなにも意識してきた自分。
平太の口付けに、これほどまで心が掻き乱されている自分は………。
ああ、そうか。
俺も、平太のことが―――。
「…!」
かあっと顔に血が上る。
「え…?先生…?」
突然顔を真っ赤にした半助を、平太が戸惑ったように見つめてくる。
その視線に耐えられず、半助はばっと下を向いて、平太の胸に顔をうずめた。
体が、熱い…。
どくどくと早鐘のように脈打つ心臓の鼓動は、背に触れている平太の掌へも伝わってしまっているだろう。
「…え…、と……」
平太が、戸惑いがちに言う。
「………」
「あの……」
「………」
「…つまり……」
「………」
「先生も、俺のこと……」
「……っいい!いいから、それ以上言うな!」
わかっただろ!?と半助は真っ赤な顔で平太の胸をぐいと押しやり、くるりと背を向けた。
だから、そのとき平太がどれほど嬉しそうな顔をしていたか、半助は知らない。
「…先生」
耳のうしろまで真っ赤にして俯いている半助を、平太は背後からそっと抱き締めた。
横から表情を窺うと、ふる、と長い睫毛が震える。
照れきっている様子の半助には少し可哀そうだが、平太はこのまま逃がしてやるつもりなど、毛頭なかった。
こんな顔を見せられては。
(可愛い人だとは思っていたけど)
この、艶は――
(まいったな……)
平太はまだしっとりと湿っている半助の髪をゆっくりと掻き上げ、露になった項に、柔らかく唇を押しあてた。
半助の体がぴくん、と跳ねる。
それに目を細めて、そのまま、ちゅ、と小さく吸うと、
「ん…っ」
半助は何かを堪えるような声を漏らした。
その声に誘われるように、平太はそろ、と首筋をなぞり、唇を前へと移動させる。
「先生、好きだよ…。好きだ…」
互いの唇が触れるか触れないかの距離で、繰り返し囁く。その度に、体の奥から幸福で温かな何かが溢れてくるのを、平太は感じていた。
半助は唇を震わせて吐息を零し、それから小さく口を開いた。
「……俺…も……」
「……」
二人の視線が絡まる。
「俺も……お前が……好」
最後まで言うのを待てずに、平太はその唇を塞いだ。
「ふ…っ」
両手で半助の頭を抱き、溢れる感情のままに熱い口内を愛してゆく。
「んん…ぅん…っ」
やがて半助の唇から漏れ始めた切なげな声に、もっとその声を聞きたくて、平太はさらに口付けを深めた。
「んぅっ…ふ…んん」
柔らかな舌を唾液ごと吸うと、半助は震える手で平太の腕をぎゅ、と掴んできた。
そんな半助の様子に、平太はゆっくりと唇を離す。
そして無意識に平太の唇を追ってくる半助をそっとかわし、頭の位置を下げ、半助の鎖骨に口付けた。
「あ…」
右手で半助の体を確かめるように触れると、布越しでも肌がじんわりと熱を上げてゆくのがわかった。
軽い眩暈が平太を襲う。
「……先生……」
「……」
「……好きだ……。あなたが…欲しい…」
「っ」
平太の言葉に、腕の中の体が小さく息をのむ。
そして、しばらく黙った後。
ゆっくりと腕を掴まれ、体の上からそっと外された。
「これ以上は……だめ、だ…」
「…どうして?」
耳元で問いかけると、ふるりと震える体。
「ごめん……。でも…、今は………」
「……」
平太はしばらくじっと半助を見た後、半助の髪に手を伸ばし、優しく梳いた。
「やっぱり、俺とそういう関係になるのは、嫌?」
「お前が嫌な、わけじゃない…。でも…」
「でも…?」
「でも…今のお前は、俺の大事な、生徒だ…。だから……」
そのまま、半助は黙ってしまった。
教師である半助が、生徒である平太をどれほど大事に思っているか、平太は知っている。
「……」
平太の頭に、学園の裏山での半助が浮かぶ。
『俺、決めたんだ。お前達の笑顔は絶対に俺が守るんだって』
「……先生、もう一度言って。俺のこと、どう思ってる…?」
「俺は、お前が…好きだ…」
「生徒として、じゃないよな?」
「ちがう」
半助が即答する。
「だけど俺が生徒であるうちは、これ以上の関係は持ちたくない、と……」
「……」
………。
「はぁぁぁ」
平太は、大きく息を吐いた。「わかったよ…。ったく、変なところで真面目なんだからなぁ…。そういうところも好きだけど」
半助の顔がぱっと赤くなる。
それを見て、赤くなるくらいならさせてくれよ…と平太は思ったが、口にしたら殴られそうなので言わない。半助は手が早いのである。
「ただし!」
平太は半助に向かってびしっと人差し指を突き立てた。
「卒業したら、その時はおぼえてろよ!!」
半助はきょとん、と目を丸くして目の前の人差し指を見つめた。
(……一体なんの勝負だか……)
そんな七歳下の生徒兼恋人の姿に苦笑しつつ、
「ああ。楽しみにしてるよ」
半助はにっこりと微笑んだ。
◇おまけ◇