葉桜が風にゆれる四月も下旬のその日。
ところは校舎三階、六年は組の教室。
昼休みの生徒達の話題は、このクラスの新しい担任についてだった。
新学年がはじまって、はや数週間。
最高学年としての自覚も漸くでき始めた頃である。
「なぁ。どう思う?」
「何が?」
「半助ちゃんだよ」
は組の生徒達は自分達とそう歳の変わらない若い新米教師を、親しみと多少の侮りとともにそう呼んでいた。
もちろん自分達の間でだけだが。
「いいんじゃない?まだ慣れないせいもあるけど、口うるさくないし」
「なんか可愛いし」
「からかいたくなる感じだよなー」
それらの声音に僅かな侮蔑が混じっているのを、平太は黙って聞いていた。
「でもさ、なんか頼りなくね?」
「それは仕方ないだろ。まだ教師になって数週間なんだし」
「けどさー。俺達だって大事な時期なんだぜ。来年には就職だし。はっきり言って実力のない教師に付き合ってる時間はない」
案の定、話の流れはそういう方向へ向かう。
しかし悪口というよりは、こいつらの本心なのだろうと平太は思った。
実際、彼らの言うとおりだった。
自分たちに残された時間はあと一年しかないのだ。この学園で吸収できるものはどんなに小さなものでも吸収しておかねばならない。
そのためには、たとえ教科といえど、誰が担任であるかは重要な問題だった。
「半助ちゃんの実力ねぇ…。実際どうなんだろうな。ここに来る前はプロとしてやってたんだろ?」
「ああ、そう聞いてる」
「平太、どう思う?お前、そーゆーの見抜くの得意だろ」
突然話を振られ、少しの間考えてから、平太は思ったままを口にした。
「俺も先生の忍術は見たことないからな。でも、弱くはないと思うぜ」
級友の言うとおり、平太は忍びのレベルを見抜くのが得意だった。戦闘では敵の実力を見抜くことが第一条件であるため、その能力は学園でも高く評価されている。
半助は教科担当のためまだその実技を見たことがなく、判断のしようがなかったが、その所作から決して弱い忍者ではないと平太は見ていた。
「お前がそう言うんならそうなんだろうな。でも、弱くはない程度じゃやっぱり困るぜ」
「だよなー。、、、お、噂をすれば半助ちゃんだ」
級友の一人が、窓から下を見下ろして言った。
今まさに話題にしていた人物だけに、皆も思わず窓から顔を出す。
平太も見ると、半助がちょうどこの建物に向かって歩いてくるところだった。
その呑気な様子は、やはり教師というよりは、生徒のようである。
良くいえば気取りがない。悪くいえば迫力がない。
「おい、試してみようぜ。半助ちゃんの実力」
「どうやって?」
「なに、ここから手裏剣を打つだけさ。けど誰も今上からそんな風に狙われるとは思わないだろ?」
「なるほどな。、、、けど大丈夫かなぁ。俺だったらそんなことされたら絶対にアウトだ」
「だからやるんだろ。俺達にできることをやったって意味がない。もし半助ちゃんが気付いて避けられたら、担任として認めてやってもいい」
「それもそうか。よし、やろう」
そう言って懐から数枚の手裏剣を取り出した級友達を、平太は一瞬制止すべきかと考えたが、実際のところ平太自身も半助の実力には興味があったため黙って成り行きを見ることにした。
「いいか、俺が合図をしたら同時に打てよ」
「わかった」
「おっけー」
三人の生徒が僅かに緊張して手裏剣を手に構える。
他の生徒達は興味津津と、固唾を飲んで見守っていた。
半助が次第に近付いてくる。
が、そのとき予期せぬハプニングが起きた。
「「「どいせんせぇ〜!」」」
一年生が数人、校舎からひょっこり姿を現したのだ。
三階の窓からは死角になっていたため、それまで全く視界に入らなかった。
「わ…っ」
その登場に驚いた一人の級友の手から、数枚の手裏剣がバラバラとこぼれ落ちる。
それらは音もなく、小さな一年達の頭上を目指して真っ直ぐに落下していった。
「あぶな…!!!」
誰もが息を止めて見守るしかできなかった、次の瞬間。
僅かに離れた位置にいた半助が、目に見えぬほどの速さで手にしていた出席簿を投げた。
それは正確に一年達の頭上へゆき、数枚の手裏剣が一枚残らずそこへ突き刺さる。
「………ほぇ………?」
何が起こったのかわからないという風に目を真ん丸くして突っ立っている一年達に、半助はほっと息をつき。
それから、きつい眼差しで《は組》の教室を見上げた。
「何をやってるんだ!!忍具を扱う時は気をつけろと言ってるだろう!!」
「………あ………すっ、すみませんでした!!!」
手裏剣を落とした級友が情けない顔で謝っている傍らで、他の生徒達はポカンと口を開けて沈黙していた。
一年達は今半助がしたことがどれだけすごいことかわかっていないようだが、ここにいる者達は仮にも皆最高学年である。
あれが並の実力ではとてもできない技であることを、誰も口にしなくてもわかっていた。
優秀揃いと名高い忍術学園教師陣。
半助も例外でなくその一人であることを、今、彼らは思い知ったのだった。
平太は面白そうに口端を上げ、その光景を眺めた。
この学園での最後の一年。
楽しい年になりそうである。