深夜。

 明秀が自室へ戻ると、親友は壁に背を預け、二本の足をだらんと投げ出して、蝋燭の灯りで本を読んでいた。
 すぅと閉めた襖に、彼はちらりと視線を上げた。

 「遅かったな」

 何をしていたのか、とは聞かれない。
 知っているからだ。

 「ま、な。なかなか離してくれなくてさ」

 そう答えて、ぱふん、と平太の布団に体を投げ出す。

 「おい、自分の布団で寝ろよ」

 「だって、敷いてないじゃないか」

 「自分で敷けっ」

 ったく付き合ってられん、と平太は本に視線を戻した。

 「何読んでんだ?」

 首を伸ばしてその手元を覗き込むと、平太の体からは湯上りの匂いがした。

 一方――

 「明秀。お前、酒くせー。近寄んな」

 平太が顔を顰める。

 「やっぱり、匂うか?」

 風呂入ったんだけどな…と衣服を嗅いでみるが、自分ではさっぱりわからない。

 「…酒の匂いだけじゃないぜ」

 平太が、何か言いたげに明秀を見る。

 「なに?」

 「……彼女ができても、そういう所は変わらないんだな」

 不機嫌な様子で呟いた親友に、明秀はふっと笑い、からかうように顔を覗き込んだ。

 「やっぱり、平太クンには理解できない?」

 「やめろよ、そういう子供に言うみたいな口調。腹立つ」

 睨まれる。

 「はは。そういうところが子供みたいだって言うんだよ、平太」

 可愛い〜と平太の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、片手で払われた。

 「触んな、酔っ払い。…そうしょっちゅう抜け出してると、そのうちにばれるぞ。街で誰かに会わないとも限らない」

 「お前だって結構遊んでたくせに、よく言うぜ。自分だけいい子ぶるな」

 平太も、すこし前まではよく明秀と一緒に学園を抜け出していた。夜の遊びを覚えたのは二人同じ頃だ。
 だが最近ではめっきりその頻度が減り、こうして夜は本を読んで過ごすことが多くなった。先月のスランプ(たった一日だったが)の頃からか――。

 「俺はお前ほど節操なくはなかったぜ」

 「まあ、な」

 それは本当である。
 平太は好奇心から遊んではいたが、根は真面目な性格だった。

 一方明秀の場合は、すこし事情が違う。
 決して不真面目というわけではない。その証拠に、明秀は《は組》では珍しく常に学年トップクラスの成績を維持していた。
 だがそんな誰よりも優秀な忍者を目指す明秀には、ひとつのモットーがあった。
 『忍者に必要なのは、一に才能。二に経験』というものである。


 「平太は真面目だもんな。可愛い可愛い。抱いちゃいたい」

 明秀は濡れた平太の後ろ髪をくるくると指で弄びながら、頬にちゅ、と口付けた。

 すると。
 なぜか平太は今度は抵抗せず、明秀の顔を黙ったままじ…と見つめてくる。

 「……」

 「?どうした、平太?」

 「……お前さ……あんのか?…その、男を抱いたこと………」

 躊躇いがちに発せられた言葉に、明秀はおや、と思った。

 そして、くすりと笑う。

 「なに、興味あんの?」

 「べ、べつにっ。……女の子を抱くのと一緒だろ?」

 「………本気で言ってんのか、それ?」

 明秀は呆れた。

 「…いや…、知識はあるけど…。それより、どうなんだよ。……あんのか?」

 「それは、まあ…な。ちなみに抱かれたこともあるぜ、一度だけだが」

 さらりと言ってのけた明秀を、平太がぎょっとした顔で見た。

 「……お前、ほんっと爛れてるよな」

 「別に、ただ遊んでるわけじゃない」

 「どうせまた忍者に必要なのは経験、とか言うんだろ」

 聞き飽きた、という風に平太が言う。

 「そうさ。だから余程の理由がない限り、相手が望んでるなら俺は拒ばないだけだ。男でも女でも、な。美弥も知ってる」

 「知ってても、傷ついてないかどうかは話が別だぜ。…あーあ、なんでお前みたいな奴がそんなにもてるんだろうな。女ってわかんねー。俺が女ならお前なんか絶対に願い下げだ」

 「俺は、お前が女なら抱いてもいいけどな。口うるさいが、美人だし、可愛いし」

 明秀は面白そうに笑った。

 「やめてくれ、そういう冗談は嫌いだ」

 「誰が冗談って言った?男でも、お前なら抱いてやってもいいぞ。抱かれんのはご免だが」

 試してみるか?と平太の頭の両側の壁に手をつき、微笑んでやる。
 女は大抵、ここで落ちる。
 さて、この親友はどう出るだろう?

 明秀を凝視したままコクリと小さく唾を飲んだ平太に、明秀は笑いを噛み殺した。
 初めはちょっとからかってやるだけのつもりだったが(平太をからかうのは明秀の趣味である)、それだけで終わらせるのがもったいなくなってきた。
 平太に言った言葉は、存外嘘でもないのである。
 酔ってんのかな、俺…とちらりと明秀は思った。

 だが、それならそれで、別にいい。

 「…おい、ほんとにやめろって。願い下げだって言ったろ」

 「試してみないと、わからないだろう?」

 何事も経験さ、と囁き、平太の首の後ろを支えて、ゆっくりと顔を近づけていく。
 平太は固まったまま動かない。
 唐突な展開に困惑してもいるのだろうが、本気で抵抗しないところをみると興味が全くないわけではないのだろう。
 そんな好奇心旺盛な親友に明秀は小さく笑い、それ以上考える隙を与えず、唇を重ねた。

 「っ…」

 あえて口付けを深めることはせず、ただ温度と質感を味わうように柔らかく唇を触れ合わせ、時折小さく吸う。激しい接吻とは違う、平太の理性を残したままゆっくりと性感を引き出していくそんな接吻を、明秀は楽しんだ。
 ふるり、と平太の体が震える。

 「……は…ぁ…・」

 一旦唇を離すと、平太が息をついた。
 明秀はその頬を両手で包み、正面から顔を覗き込んだ。平太は視線を上げようとしない。
 明秀は口端を上げ、再びゆっくりと唇を重ね合わせた。
 舌先で唇の合わせ目をそっと突き、開くよう促す。そして戸惑いがちに僅かに開かれた隙間から素早く舌を滑り込ませ、平太の舌を絡めとった。

 「…ふ…っ」

 混じり合う、吐息。

 身じろぐ平太の体を明秀はやんわりと壁に押し付け、口内を犯しながら、合わせから右手を潜り込ませる。
 指先に触れた小さな突起を撫で上げると、平太はざわりと肌を粟立たせ、苦しげに頭を左右に振った。

 「ん…っ…」

 ずる、と壁をずり落ちる背を片手で支えてやり、ゆっくりと体を横たえる。
 布団の上に散った長い髪がぱさりと音をたてた。

 「平太」

 名前を呼ぶと、平太はそっと視線を上げた。
 涙で濡れた睫毛が微かに震え、瞳が困惑したように揺れている。
 長年の親友が見せる予想以上の艶っぽさに、明秀は内心で苦笑した。

 …おいおい…。

 だが、止めるつもりは毛頭ない。
 手を裾から内へと滑り込ませ、湯上りのせいでしっとりとした内腿に触れる。
 途端、平太がはっと体を強張らせ、明秀の顔を見た。

 「大丈夫だ、心配すんな。お前は任せていればいい」

 「……」

 明秀が安心させるように微笑むと、平太は小さくを息を吐き、何も言わず目を閉じた。
 明秀は閉じられた瞼の上に口付けながら、片手で下帯を緩め、直接その下の熱に触れた。

 「っ」

 びくりと平太の体が震える。
 明秀は、ゆっくりと、指を動かし始めた。

 「ぅん……ん…んん…」

 目をぎゅっと閉じて与えられる快感に耐える平太を、明秀はじっと見詰めた。
 体の下の布団を強く握り締めて息を乱す様は、明秀の情欲を十分に刺激するものだった。
 知らず、愛撫が強まる。

 「あっ…ん…んんっ……んくっっ」

 平太の様子から、限界が近いことがわかる。
 明秀は、そこで動きを止めた。

 「っ…くぅっ!」

 平太が、涙をためた目で明秀を見上げる。

 「…いい子だから、もう少しだけ我慢な」

 あやすように言い、明秀はゆっくりと頭を下げ、平太の熱の先端にちゅ、と口付けた。

 「ふぅん…っ」

 そのまま口内に含み、舌と唇でできる限り優しく愛撫する。

 「あ、ああ!…んっ…アキ、アキ…っ!」

 平太が首をふって明秀の名を呼ぶ。
 耐えきれずに動いてしまう平太の腰を両手で押さえつけ、明秀は愛撫を深めた。

 「!!」

 限界はすぐに来た。
 平太の体がびくん、と大きく跳ね、足の指がぴんと伸びる。と同時に強く吸ってやると。

 「…んんーっ!!!」

 明秀の着物の背をぎゅぅと握りしめて、平太は絶頂を迎えた。





 「はぁ、はぁ……」

 「気持ちよかったか…?」

 胸を大きく喘がせてぐったりとしている平太に、明秀はわかりきっていることをあえて尋ねた。
 平太が、涙の滲んだ目で睨み返してくる。
 そんな親友に明秀は笑って、優しく髪を撫でてやった。


 「……これ以上は、やめとく……」

 ようやく呼吸が落ち着いた頃、まだ余韻の残る掠れた声で平太が呟いた。
 明秀は、平太の髪を指先で弄びながら聞く。

 「半助ちゃんが、いい…?」

 平太が明秀を見た。


 あのスランプの日以来、平太が変わったのは夜遊びだけじゃない。
 平太が何かにつけ半助を気にしていることを、平太と一番多く行動を共にしている明秀は知っていた。

 平太の肌は桜色に染まっており、扇情的だった。
 部屋に残る濃厚な空気が心地いい。
 つ、と戯れるように指先で平太の耳の裏側を掻くと、平太の体がふる、と震えた。

 「ん…」

 平太が明秀の手をゆっくりとのける。
 それから気だるげに衣を整えて立ち上がり、上着を手に取った。

 「どこへ行くんだ?」

 「ちょっとその辺、散歩してくる」

 「あのさぁ、平太。お前は気分爽快かもしれないが、俺はまだなんだけど?」

 「…ここで好きにしろ」

 「ひでー奴」

 「ふん。今夜はお前だって散々楽しんで来たんだろ?贅沢いうな」

 上着を肩から羽織り襖に手をかけた平太に、明秀は片肘で頭を支えて笑いかけた。

 「続きが知りたくなったらいつでも言えよな。お前、すごい可愛いかったぜ。もしかしたら、美弥以上かも」

 「…うるせー。よくそういう台詞がすらすら出るよな。タラシが」

 顔を赤くして、平太は部屋を出た。
た。











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