「なあ頼むよ、平太〜…。このとおり!!」

 そう言って両手を合わせ地面にくっつくほど頭を下げる級友を、平太は困った顔で見下ろした。
 何を頼まれているかといえば。
 “合コン”の誘いである。


 「そう言われてもな…」

 級友、小太郎の話によると、彼には女の幼馴染がいて、その友達に一目惚れしてしまったのだという。
 冬休みの間の出来事である。
 紹介してくれるよう頼んだ彼に幼馴染が出した条件が、“イケメンとの合コン”だった。
 そうすれば、彼女も小太郎の恋の相手を連れてきてくれるのだそうだ。
 曰く、そういう男と合コンがしたいというだけの話で、別にその男に彼女がいようがいまいが関係ないとのことで、そもそも彼女自身、ちゃんと彼氏がいるらしい。
 随分とさばけた幼馴染をお持ちで…と平太は呆れた。

 「だからさ、参加してくれるだけでいいんだ。頼むよ〜」

 「別に俺じゃなくたって、行きたい奴ならいくらでもいるだろ」

 「“イケメン”が条件だって言ったろ!いい加減なことしたら、あいつ小鈴ちゃんに何を吹き込むか…。まじこえーんだよ、俺の幼馴染…っ」

 小鈴というのが、想い人の名らしい。

 「じゃあ、明秀に頼めよ。あいつなら女の子達も喜ぶだろ」

 「もう誘ったよ。けど即行で断られた…」

 「…だろうな」

 彼女がいるからではない。
 “経験”の名の下に、面白そうなことには何にでも参加するのが明秀だ。
 逆に言えば、それだけ経験豊富なあの親友が、今更こんな、言うなれば乳臭い集まりに進んで参加するとは到底思えなかった。

 「食券十枚やるから!な?俺を助けると思って、頼む!!!」

 そこまで言ってくる級友に、さすがに平太も可哀想になってしまった。
 小太郎は決して惚れやすい方ではない。
 どうやら、本気でその相手に惚れているらしい。

 「………。…まったく…この貸しは大きいぜ!」

 途端、がばっと小太郎の顔が上がる。

 「いいのか!?」

 「仕方ないだろ。お前の恋のためだ」

 「さんきゅ〜!!!やっぱ平太やさし〜!」

 そう言って満面の笑顔でぎゅうぎゅう抱きついてくる小太郎に、先生には言わないでおこう…と平太は溜息をついて天井を見た。




 そうして迎えた合コン当日。
 会場は、最近街にできたばかりの茶屋である。
 京に本店があるというその店は、近頃支店をあちこちに出しており、ここもその一つだった。
 人気の店らしく平太達が到着した時には表にまで列ができていたが、先に来ていた女の子達が席を確保してくれていたため、問題なく座ることができた。
 男側は、平太と小太郎。他にもう一人、後から来ることになっている。
 女側は、小太郎の幼馴染の美央、例の想い人の小鈴、そして茜という少女。
 小鈴は、地味めのおとなしそうな女の子だった。なるほど、小太郎が好きそうなタイプである。小太郎も決して派手なタイプではないので、合っているように思えた。
 一方、美央と茜は華やかなタイプだった。だがそのさっぱりとした性格は平太好みで、平太は純粋に彼女達との会話を楽しんだ。

 ある時までは――。




 平太達が席についてそう経たないうちに、それは起きた。

 「三名様、お席にご案内しま〜す」

 平太達の席からテーブル五つ程隔てた席に、三人の男達が通された。

 「いやあ、やっぱり人気の店だけあって混んでますねぇ、安藤先生」

 「ええ。ちょうど空席があってよかったですな。あ、斜堂先生、メニュゥをどうぞ」

 「……ありがとうございます……何にしましょう……?」

 「うちの生徒が“京風白玉抹茶ぱふぇ”なるものが美味しいと言っていたので、私はそれを。土井先生は?」

 「じゃあ私もそれで」

 「……私は“苺くりぃむ葛きり”にします……」


 ………。
 平太の動きが固まる。
 騒がしい店内でテーブル五つ離れているにもかかわらず、鍛え抜かれた忍たまの耳は正確にそれらの声と内容を聞き取った。
 恐る恐る顔を向けると、案の定そこには、見慣れ過ぎるほど見慣れた三つの顔があった。
 安藤、斜堂、土井。
 一見あり得ない組み合わせだが、考えてみれば六年の教科担当同士、生徒が知らないだけで、偶にこういう親睦会もしているのかもしれない。
 それに斜堂先生はどうか知らないが、安藤先生と半助はあれで案外ミーハーである。新しい店ができたと聞き、早速試しに来たのだろう。

 「あれ?先生達じゃん。ちょっと挨拶してくるか」

 同じく教師達に気付いた小太郎が、腰を浮かす。
 平太はその腕を掴んでぐいっと椅子に引き戻し、小声で言った。

 「別に行かなくていいだろ。せっかくの休日なんだ。生徒に話しかけられても迷惑なだけさ」

 自分でも苦しい言い訳だと思ったが、素直な小太郎はあっさり頷いた。

 「それもそうだな」

 平太の口から安堵の息が漏れる。
 だがそんな自分の甘さを、平太はすぐに知ることになる。
 生徒が教師の声をあれだけ正確に聞き取ったのだ。
 教師に生徒の声が聞こえていないはずがないのである。




 な、なんなんだ、アレは…っ。
 半助は、テーブルの下で拳をぐっと握り締めた。
 あいつ、今日は小太郎と買い物に行くとか言ってなかったか?
 いや、たしかに小太郎と一緒にはいるが。
 アレは買い物というよりも――。

 「おやおや、合コンですか」

 安藤が平太達の方を眺めて、にんまりと笑った。

 そう。
 男女比は合っていないが、あの“はじめまして”的な雰囲気と会話は、明らかに合コンのそれ。

 聞いてないぞ…!

 平太が積極的に参加するとも思えないので事情があるのかもしれないが、だからといって隠すことはないだろう!と半助は思った。

 だが、次の瞬間。
 恋人に対する怒りは、別の相手へと置き換えられることになる。

 「は組はいつも楽しそうで結構なことですなあ。それに引き換えうちの生徒達は、今頃は今週の授業の復習と来週の予習でもしている頃ですかな。あの子達も偶にはハメを外してくれればいいんですが、言っても聞かんのですよ。いやはや、困ったものです…」

 安藤は、爪の先ほども困っていない口調でそう言い、首を振った。

 …むかっ

 半助が言い返そうと口を開いた、そのとき。
 ガラッと店の戸が開き、一人の少年が入ってきた。

 「わりぃわりぃ、遅れちゃって!」

 くの一教室で人気の高い、《い組》の市之進という生徒である。
 《い組》と《は組》は教師達こそこんなだったが、生徒達は普通に仲が良かった。
 教師達に気付いた市之進が、爽やかに挨拶する。

 「あ、先生達、お揃いで。こんにちは!」

 それから当然のように合コンテーブルに加わった市之進を愕然と見送った安藤は、苦しい理論を絞り出した。

 「い、い組が一名、は組が二名ですか。は組には暇な生徒が多いようですな」

 「いやあ、うちには合コンに誘われるような生徒が多いということでしょう。先日もくの一教室と合同で課外授業をしたんですが、くの一達がそわそわして全く授業にならなかったと後で山本先生に嘆かれましたよ。まったく困ったものです…」

 半助もまた、毛の先ほども困っていない顔で、ふふんと笑った。

 「う、うちの市之進だって負けていませんよ!そうそう、先日など髪結いの娘がわざわざ学園を訪ねてきましてね…」




 「「「………」」」

 “うちの子自慢“はみっともないからやめてほしい…。
 テーブル五つ隔てた場所で繰り広げられる幼稚な喧嘩に、忍たま達は顔を赤らめた。
 女の子達の耳に届いていないのが、せめてもの救いである。
 はじめ平太は半助に合コンを知られたことに狼狽していたのだが、なにやら教師達の話は妙な方向へ向かっているようだ。




 「ときに土井先生。先日のテストですが、そちらの平均点は何点でしたかな?」

 「ご、五十五点ですが、それが何か?」

 「いえ、べつに。ちなみにうちは百点です。あ、最高点じゃありませんよ、平均点です。紛らわしくてすみませんねぇ〜」

 「う、うちのは実戦で勝負していますからっ。実戦では教科の成績なんて一切関係ありませんよ!」

 ……教科担当のあんたがそれを言っちゃあ……。
 忍たま達は突っ込んだ。
 その後も、安藤VS土井の嫌味の応酬はどんどん白熱してゆき。

 「やりますか!?」

 「望むところです!!」

 おっ。忍術学園教師の勝負が見られるのか?
 忍たま達はちょっとわくわくした。
 教師同士の対決なんて、めったに見られるものじゃない。
 ちなみに教師達の会話に耳を傾けながらも、彼らは並行して女の子達とも会話をしている。
 六年ともなると、これくらいのことは朝飯前なのである。

 が、続いて聞こえた台詞に、彼らは椅子からずり落ちそうになった。

 「より多くの女の子を落とした方が勝ち、ということで宜しいですな!」

 「ええ!どうせなら何か賭けようじゃないですか」

 「夜の見回り十回分でどうです?」

 「いいでしょう!」

 「……一人一人ずつだったらどうするんですか……?」

 「「そんなことあるわけないでしょう。うちの生徒が二人とも落とすに決まってますっ!」」




 俺達かよ!?
 でも“二人とも”…?三人じゃなくて?
 忍たま達の疑問は、直後に届いた矢羽音により、すぐに解けた。

 『市之進!その二人の少女達をものにしなさい!お前ならできる!《い組》の実力を見せつけてやるのです!』

 『平太!何がなんでも負けるな!教師命令だ!ただし、小太郎とその真ん中の子は除外していい』

 小太郎の様子から、教師達もある程度事情を察したのだろう。
 さすがの彼らも、生徒の恋路まで邪魔するつもりはないようである。
 小太郎はほっとした。

 一方。
 平太は、はっきり言って、相当に腹が立っていた。
 どーゆーつもりだよ、恋人に女を口説かせるなんて!!

 ……そっちがその気なら、こっちにも考えがある。

 平太は少女達に向かい、二コリと笑った。




 「……でね、雨も強くなってきて可哀想になっちゃって。結局その猫、そのまま家に連れて帰って、飼っちゃったの」

 「へぇ。優しいんだな、美央ちゃんは」

 平太は、美央の目を見て、軽く微笑んだ。
 美央はさっと顔を赤らめ、俯いた。

 露骨に攻めても逆効果。
 案外さりげないことに女は弱いことを、平太は承知していた。
 明秀はいつも平太のことを「好奇心だけで学ぼうとしない」と言うが、平太だって伊達に女遊びをしていたわけではないのである。

 「茜ちゃん、何か飲み物頼む?」

 女の子の飲み物が空いたら、すかさずフォロー。そんな気配りも完璧である。
 もっとも、気配り過ぎても逆にひかれるため、適度に放る。
 そんなところまで平太は心得ていた。

 さらには。

 「……というわけなの。私の髪の色って、赤味がかってるでしょう?子供の頃から、ずっとコンプレックスなのよね…」

 「そうかな。綺麗な色なのに。明るくて、俺は好きだな…」

 そう言って、平太は茜の髪にさらりと触れた。
 茜がぽやん…と熱っぽい目で平太を見る。
 髪に触れているにもかかわらず、一切いやらしさがない自然さ。
 にもかかわらず漂う色っぽさ。
 本気モードの平太に、市之進は完全に押されていた。

 これはまずい……と安藤が焦り始めた、そのとき。

 『ストーーーップ!!!』

 思わぬところから中止命令が飛び出した。
 半助である。

 『もういい!!!そこまで!!!!』

 「……土井先生、どうして怒っていらっしゃるんですか……?」

 斜堂が不思議そうに聞く。

 「何も怒っちゃいません!!私は用事を思い出したので、先に帰らせていただきます!」

 そう言ってテーブルの上に代金をがちゃんと置いた半助に、安藤がぬかりなく声をかける。

 「では途中棄権ですから、勝負は私の勝ちということでよろしいですな」

 「……わかりました!!!」

 そう言って、半助は店を出て行った。




 「今日は本当に楽しかったー。ありがとう!」

 「ああ、俺達も楽しかったよ」

 そして何ということもなく、合コンはお開きとなった。
 美央も茜も、予想以上にサービス一杯の平太&市之進のイケメン二人との合コンに大変ご満悦だった。
 小太郎と小鈴は、二人だけ放っておかれたのが却ってよかったのか、急接近できたようである。
 女の子達の姿が見えなくなった後、無事次会う約束をとりつけた幸せいっぱいの小太郎に、平太は右手を出した。

 「約束だ」

 「ああ。いくらでもやるぜ〜」

 にこにこと満面の笑顔で食券の束を渡した小太郎に、まったく食券ぐらいじゃ合わないぜ…と平太は項垂れた。






 その夜。
 半助は、見回りのため、人っ子一人いない裏庭を歩いていた。
 とっくにみんな寝静まった時間である。
 今夜の当番は安藤だったが、昼間の勝負で負けたため、半助がやっているのだった。
 と、半助は昼間の光景を思い出し、再びむっとした。

 なんなんだよ、あれ。
 確かに命令したのは俺だけど、あんなに本気出すことないだろ…っ。
 ていうか、勝負に付き合うフリして、案外あいつも楽しんでたんじゃないのか?
 可愛い女の子達だったし。
 同じ年代で、話も合うだろうし。

 …………。

 …そうだよな…。
 誰だって七つも上の男なんかより、自分と同じ位の歳の可愛い女の子の方が、いいに決まってるよな………。

 …あいつ…、俺なんかのどこがいいんだろう……・・。

 半助は、なんだか泣きたくなった。




 その頃平太も、やはり月明かりの下をぶらぶらと歩いていた。
 布団に入っても昼間の出来事を思い出してしまい、イライラして眠れなかったからである。
 あれから、半助とは顔を合わせていない。
 食堂の角を曲がり、裏庭に差し掛かったところで、平太は足を止めた。
 半助が、ぼんやりとした様子で突っ立っていた。
 そういえば夜の見回り十回分とか言っていたか…。

 平太の気配に気付き、半助が顔を上げる。

 「…どうしたんだ、こんな時間に」

 「…先生には関係ないでしょう?」

 平太の返事に、半助がむっとしたのがわかった。

 「ひ、昼間は随分楽しかったみたいだな」

 「ええ。とっても」

 半助の態度に、平太もつい意地を張ってしまう。

 「も、もてて結構なことだな…!」

 「おかげさまで!」

 「………」

 すると半助は、黙って俯いてしまった。
 その様子は、意地を張っているようでも、怒っているようでも、拗ねているようでもなく、なぜかとても淋しそうに見え。

 ………あー…もう…っ!

 こんな半助を、平太が放っておけるわけがなかった。


 平太はゆっくりと半助の傍に歩み寄り、その体に静かに腕をまわした。
 半助は、おとなしく体を預けてきた。

 「…ごめん、何も言わないであんなのに参加して。やっぱりどう考えても、悪いのは俺だ…。だけど、信じてもらえないかもしれないけど、行きたくて行ったわけじゃないぜ」

 「…わかってる…。俺こそ…すまなかった、あんなことさせて…。大人げなかった…」

 そう言って、半助は平太の肩にこつんと頭をのせた。
 平太が頭を撫でると、安心したようにほぅと息を吐いて、体の力を抜く。
 その平太を信頼しきっている様子と首筋を掠める温かな吐息に、知らず抱く腕に力が入った。
 時々、こうして、どうしようもなく愛おしさが込み上げてくることがある。
 それは半助と体を繋げてからは一層で。

 「平太……痛い……」

 みじろぐ体にそれでも力を緩めることができず。

 「……今…すごく先生のことが欲しい……」

 掠れ声で囁いた言葉に、半助が肩を震わせ、息をとめた。

 「………」

 それから半助は、徐に顔を上げ。

 ちゅ。

 平太の唇に可愛らしい口付けをひとつ与えると、ぱっと体を離した。
 突如腕の中から消えた温もりに、平太はきょとんと瞬く。

 「今ので、我慢しろ」

 半助はあやすように、ぽんぽんと平太の頭を叩いて、笑った。

 「…そんな!」

 せめてもう一度ちゃんとした接吻をと平太が顔を近付けると、半助はふいと体を引いてしまう。

 「駄目だよ。…欲しくなっちゃうだろう?…俺も…」

 「いいじゃないか、それでも」

 場所ならいくらでも…とはいかないが、全く無いわけではない。
 だが、半助ははっきりと首を横に振った。

 「駄目。学園内では、そーゆーのは一切禁止だ」

 「……ええ!?」

 初めて聞かされたそのルールに、平太は愕然とした。

 「そんな規則聞いたことないぜ!」

 「俺が今、作ったんだ」

 「じゃあ、明秀達はどうなんだよ!」

 平太は必死である。

 「あいつらはあいつら、俺達は俺達だよ」

 「………」

 半助の性格を考えてみれば、当然だった。
 学園内でこうして抱き合ったり接吻をするのでさえ、半助には大変なことなのだろう。
 ましてや生徒と情を交わすなど、耐えがたいことに違いない。
 半助を愛する平太に、強く押すことなどできようはずがなかった。

 だが、それならそれで、やりようはある。
 学園内が駄目なら、外へ出ればいいだけのことだ。
 半年近く半助と付き合っている平太は、少々のことではへこたれない。

 それでも、ただでさえ少ないであろうその機会が大きく減ってしまったのは、やはり残念で。
 ちょっとぐらい抗議を示しても罰は当たらないだろうと、平太は素早く半助の腕を引き寄せて、唇を奪った。

 「んんっ」

 思わぬ行動に目を見開く半助の唇を割り、その口内を擽ると、半助の目がぎゅっと瞑られる。震える背を抱き込んで、平太はより深く口づけた。

 「…ふ…っ」

 やがて半助の唇から切なげな吐息が零れて。
 ようやく平太は、静かに体を離した。
 見ると、半助はすっかり頬を上気させ、目を潤ませてしまっている。

 …少し意地悪しすぎただろうか?
 平太は、ほんの少しだけ気持ちを動かされた。
 だが、これから半助を想い眠れぬ夜を過ごす自分の気持ちを、半助も少しくらい味わってくれてもいいだろう――?

 「おやすみなさい、先生」

 平太は優しく微笑み、歩み去る。
 呆然とそれを見送る半助。
 そんな恋人達の姿を、真冬の月が呆れたように見守っていた。










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