今宵は十五夜。

 闇の満ちる六年長屋の一室で、一本の蝋燭を囲み、所狭しと輪になって座る忍たまが十名。
 いや。
 正しくは、忍たまが九名と教師が一名。
 六年は組の面々と担任の土井半助である。
 秋の夜長、こんな所で男ばかりで何をしているかと言えば、猥談、ではなく“怪談”であった。


 午後の授業を終えた後、半助は生徒達から今夜長屋で月見をしないかと誘われた。
 そういえば今宵は十五夜である。
 明日は休日で特に急ぎの仕事もなく、彼らと親睦を深めるのも悪くない、と半助は二つ返事で快諾した。


 従ってこの部屋には今、出張中の伝蔵を除いて、六年は組全員が顔を揃えていることになる。
 始めは団子を食い、酒ならぬ茶を飲みながら普通に名月を楽しんでいた彼らだったが、誰が言い出したのだったか、お月見は途中から季節外れの怪談大会へと変わってしまっていた。


 満月とはいえ月明かりが僅かに差し込むだけの真っ暗な室内に、ゆらゆらと蝋燭の灯が不気味に揺れる。

 「…以来そのくの一の命日には、井戸の底から、苦無で壁を掻く音がかりかりかりかりと聞こえてくるそうだ……。はい、俺の話はこれでお終い」

 平太が語り終えると、部屋にはしぃー…んと沈黙が降りた。

 「「「…………」」」

 狭い一室に十人も詰まっているにもかかわらず、彼らには部屋の空気がうすら寒く感じられた。

 「な、なかなか怖かったな……」と明らかに震えている声。

 「先生ぇ……」と涙目で半助に縋る者までいた。

 「おいおい、忍たまが情けないぞー。しゃきっとしろ、しゃきっと!忍者はいかなる時も心を乱すべからずだ」

 半助は少しも動じた様子なく、からからと笑った。
 そんな若き担任の姿に、

 (さすが実戦経験豊富な教師は違うぜ……)

 と、生徒達はしきりに感心した。




 夜もだいぶ更けてきた。

 「じゃ、最後は、明秀だな〜」

 「……なんか明秀、こういうのうまそうだよな……」

 皆がどきどきと手に汗握り耳を傾ける中、明秀は、静かに語り始めた。


 「これは俺が一年の時に先輩から聞いた話なんだが…」

 ごくり、と唾を飲む音が部屋に響く。

 「この忍術学園のある場所には、昔、ある豪族の屋敷があったんだそうだ。その豪族は食い物の好き嫌いがなく何でも文句を言わず食した。だが、ただ一つ、練り物だけが大の苦手で、決して食事に出さぬよう下女たちに厳命していたそうだ。…ところがある夜。彼が夕餉を前にしたところ、どういうわけか、吸い物の中にはんぺんが入っていたんだ…」

 「「「……」」」

 “練り物”“はんぺん”というマヌケな単語が出た時点で、先程まで冷え切っていた部屋の空気は一瞬にして平温に戻っていた。
 しかし約一名の周りだけ、それと反比例するように、みるみる気温が低下してゆく。

 明秀の狙いが何なのか、もう皆にはわかった。
 明秀の話は続く。

 「彼は怒り狂って、その吸い物を庭にぶちまけた。……その夜からだ。彼の枕元に、それが現れたのは……」

 「そ、それ……?」

 恐る恐る尋ねる半助に、明秀は低い声で厳かに告げた。

 「はんぺん子です」

 「は…はんぺん子…っっ」

 名前を聞くだに恐ろしい…!!という風に、半助は両腕で自分の体を抱き、ぶるっと震えた。


 (……どうしてこの話でそんなに怖がれるんだ……)

 それがこの場にいる生徒達の共通の気持ちだった。


 話は続く。

 「…はんぺん子が言うには、もし一週間以内に七人の者にはんぺんを食わすことができなければ、一週間後の夕餉には七枚のはんぺんが入っていることになるぞ、と……」

 「ななまいぃ!!!?」

 半助が突如大声を上げる。
 
 びくぅっっっ!
 生徒達はその声の方に仰天し、体を震わせた。


 「ええ…。そして、彼は六人までははんぺんを食わせることに成功したんだが、途中で戦が起きてしまいはんぺんを用意することができず、そのまま七日目の夜を迎えてしまった。その夜、彼の膳の上にはやはり吸い物があった。そして恐る恐る蓋を開けると、そこには、はんぺん子の言葉どおり七枚のはんぺんが入っていたんだ…」

 半助は拳を握り締めてごくり…と唾を飲み、明秀を凝視する。

 「彼は吸い物を庭に捨てていいものか迷った。食わねば、またはんぺん子が現れるのではないかと思ったからだ。だが、どうしても食うことができず、庭にぶちまけてしまった。その夜、やはり彼の枕元にはんぺん子が現れた。はんぺん子が言うには、もし一週間以内に十四人の者にはんぺんを食わすことができなければ、一週間後の夕餉には今宵の七倍のはんぺんが入っていることになるぞ、と…」

 「ま、待て!!」

 半助が叫ぶ。

 「七枚の七倍ということは、、、四十九枚ということか…っ!!」

 半助の顔はもう真っ青である。

 (……一つの椀にそんなにはんぺんが入るかよ……)

 生徒達は生ぬるい視線を向けた。


 そのとき、蝋燭の火がゆらりと揺れた。
 半助はびくっと体を跳ねさせると、咄嗟に手を伸ばし、隣に座る平太の手をぎゅぅと握り締めた。
 平太は半助の顔をちらと見たが、無意識の行動らしく、半助は真剣な顔を明秀に向けたままだ。
 その手は冷や汗でじっとりと湿っている。
 暗闇で皆に気づかれる心配はないため、平太はそのまま半助の好きにさせてやった。


 そんな調子で明秀の話は進んでゆき、ついに山場を迎えた(半助にとってだけの)。

 「…そして翌朝、口いっぱいにはんぺんを頬張った状態で男は死んでいた。その死体は、はんぺんだけでなく、ありとあらゆる練り物の山に埋もれていたという………」


 と。
 どこからか風が吹き、ふっと蝋燭の灯が消えた。



 「っぎゃあああああーーーー!!!!!」



 部屋中に響き渡る絶叫。



 「「「………」」」



 別に怖くもなんともない生徒達は、淡々と蝋燭に火を灯す。

 するとそこには、平太に力いっぱい手足を巻きつけガタガタと震えている涙目の半助の姿があった。
 半助から抱きつかれて平太の頬はうっすらと染まっていたが、半助のインパクトが強すぎるため、それに気付く者はいない。

 「先生、大丈夫ですよ…」

 平太が背を撫でて宥めるが、半助は聞いていない。

 「明秀っっ!そ、それで、その後はんぺん子はどうなったんだ……!」

 「はんぺん子ですか?はんぺん子の行方は、そのまま誰にもわからな…」

 半助の目に、じわ、と涙が滲んだ。
 平太がぎろりと明秀を睨む。

 「あー、えーと、、、誤って殿様の夕餉のおでんに入れられて食べられてしまったそうですよ。だからもう安心です」

 「本当だな!本当に殿様ははんぺん子を食べたんだな!!」

 「ええ、たぶん」

 「たぶん!?」

 「いえ、絶対」

 「そ、そうか……。よかった」

 半助はようやくほぅ、と息をついて、平太から離れた。


 「まずい、俺、今日見回りの当番だった。もう行かないと……」

 半助が思い出したように言う。
 が、なかなか去ろうとしない。
 平太が隣を窺うと、半助の手が小さく震えていた。
 まだ怯えているのは明らかだ。

 平太はそっと溜息をついた。

 「…俺、茶のお代わり取ってくるー」

 と言って平太が立ち上がると、半助もようやくのろのろと立つ。
 並んで部屋を出るとき、明秀が感謝しろよ?という風に口元に笑みを浮かべて見ていたが、平太は無視して襖を閉めた。





 廊下を曲がったところで、周囲に誰もいないことを確認してから、平太はぎゅ…と半助を抱き締めてやった。

 「大丈夫、大丈夫。はんぺん子はもうどこにもいないよ。殿様が食べたって言ってただろ?」

 平太の温もりに包まれ、ぽんぽんと優しく背を叩かれて、ようやく半助の体から力が抜ける。

 「……へ、平太………。……その………見回り……一緒に……」

 おずおずと半助が言う。

 「ええ、お付き合いしますよ」

 と答えると、半助はほっと息をついて、明るい顔になった。


 鈴虫の美しい音色がどこからともなく聞こえ、しっとりとした秋の深まりを感じさせる。
 名月の染み透るような光に照らされた半助の横顔を見ながら、平太はほんの少しだけ明秀に感謝した。





 一方、平太と半助が去った後の部屋では。
 「半助ちゃん、面白すぎ!!可愛すぎ!!!」と、は組の生徒達が大いに盛り上がっていた。
 何だかんだやってはいても、彼らはそんな半助が大好きなのだ。















練り物のお化けに本気で怯えるアニメの土井先生があまりに可愛かったので、つい・・・。

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