予定の読めない忍者という職業柄、会えるのはせいぜい月に一度。
 まとまった休みを共に過ごせる機会はさらに少なく、最近はどちらも大きな仕事を抱えていたため、半助が平太と顔を合わすのは実にふた月ぶりだった。
 夕暮れ時半助が平太の家に到着すると、用意してくれていた夕餉に手をつける時間さえ惜しく、ふたりは抱き合った。



 ようやく心と体の空白を満たされ、半助は床の上に仰向けになり、ふぅ、と満足気な息を漏らした。
 そしてはじめて余裕をもって、今夜の行為を思い返す。

 ……ずいぶん……性急だったよな……。

 着物を脱ぐ暇ももどかしく、布団などもちろん敷いてもいない。 
 自分でも今更阿呆かと思うが、じわじわと羞恥が湧き上がってくる。

 ……これじゃあまるで付き合い始めのカップルみたいじゃないか……いや、別に悪かったとかそういうわけじゃなくて……というより結構よか…って何を考えてんだ俺!!

 ひとり突っ込みを入れながら、半助は火照った頬を隠すようにごろりと体を横に向けた。
 すると、やはり隣で満足気に体を投げ出していた平太が、背中から腕を絡めてきた。

 「よかった…?」

 汗でしっとりと湿った半助の項に鼻先を押しつけ、嬉しそうに問うてくる。
 答えはわかっている、と言わんばかりである。

 …調子にのりやがって…。

 自分のことは棚に上げ、恋人の今夜の性急さに多少の意趣返しをしてやりたくなった半助は、低くぼそりと呟いた。

 「…痛かった…」

 「ぇ………ええっ!?」

 心底吃驚したらしく、平太の動きが止まる。
 そして焦ったように半助の顔を覗き込んできた。

 「…だから、痛かった」

 「そ、そんな。大丈夫ですか!?すごく痛いですか?」

 途端に敬語に戻ってしまった恋人に、半助は零れそうになる笑みを噛み殺すのに苦労した。
 普段は忘れがちだが、こういうとき、こいつってやっぱり年下なんだなぁと感じる。
 そんな恋人に気分がよくなり、そしてちょっとだけ可哀想になった半助は、

 「すこしだけな」

 と付け足してやった。
 俺もあいかわらず甘いな、と思いつつ。
 まあ実際、痛みなど全くなかったのだが。
 思わず笑みが零れてしまったため、平太にも半助の真意がわかっただろう。
 しかし彼はちょっと眉を上げただけで、何も言わなかった。
 そして。

 「ほんとに、ごめんな」

 ぽんと半助の頭に手を置いて、微笑む。

 「……」

 結局甘やかされているのは自分の方か、と半助は思いなおした。
 


 格子窓の隙間からそよそよと秋の風が入り込み、甘い金木犀の香りとともに、近所の家々の夕餉の匂いが漂ってくる。

 微かに届く家族のざわめき。
 優しい、匂い。
 優しい、時間。

 どうしてか半助は、今夜はとことんこの年下の恋人に甘えたくなってしまった。

 「…腹、へった」

 「いま、ご飯を持ってきてあげます」

 「茶も飲みたい」

 「ええ」

 「それと、風呂も」

 「はいはい」

 くすくすと笑いながら、平太が半助の髪を優しく撫ぜる。


 とある秋の
夜のひとときのこと。








 


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『夏宵』の頃より余裕のある半助です。ていうか事後話が多くてスミマセン…(平謝)