「・・・・・」

 その午後、半助は校舎裏をぷらぷら歩いていて、偶然ソレをみつけた。
 こんなところに落ちているのは管理上問題があるかもしれないが、ソレ自体は珍しい物でも何でもない。ここでは、の話だが。
 珍しい物ではないのだが、どこかの誰かと違い、半助自身は特に愛用している物でもないため、ふと触ってみたくなった。
 徐にしゃがみ、ソレを手に取る。

 おぉ・・・。

 久しぶりのその感触に、半助はちょっと楽しくなった。

 そんな彼から少しばかり離れた場所に、たわわに実った蜜柑の大樹がある。
 半助は、ソレと蜜柑の木を、交互に眺めた。





 「おい、見ろよ、あれ!」

 「なんだよ一体・・・おぉっ」

 「すっげー!」

 放課後、教室を出ようとしたところで、平太は級友達の興奮した声に振り返った。
 見ると、何やら窓の外を見て騒いでいる。

 「どうしたんだ?」

 「あっ、平太。あそこだよ、あそこ!半助ちゃんが・・・!」

 先生が?
 突然出た恋人の名に、平太は三階の窓から級友の指差す先を見た。
 そこでは半助が――

 遊んでいた。

 手にしているおもちゃはかなり物騒なモノだが、それは“遊んでいる”としか表現しようのない光景だった。

 そのおもちゃとは、“戦輪”である。

 ヒュンッという独特の風を切る音とともにそれは半助の手元を離れ、直後、蜜柑の木からポトリと実がひとつ落ちた。
 ちょうど食べ頃に熟している。
 戦輪は綺麗な弧を描いて、半助の手の中へと戻った。半助自身は全く動いていない。
 何でもないことのようにやっているが、なかなかこう鮮やかにできるものではない。

 「すごいな」

 感心しながらそう言うと、即座に級友に言い返された。

 「ちがうっ。あんなもんじゃない!まぁ、見てろよ」

 平太は再び目を戻す。

 半助は、手の中に戻った戦輪と地面に落ちた蜜柑を満足そうに眺めていた。
 それはおもちゃを手にした子供そのもの。
 楽しくて仕方がないといった顔である。
 そして再びちろん、と蜜柑の木に目をやった。
 もう一度その手からヒュンッと音をたて戦輪が離れる。直後、木からぽと、ぽと、と二つの実が落ちた。
 再びソレは半助の手元に戻った。やはり半助は全く動いていない。

 「な・・・っ」

 平太は声をなくしてその光景を見た。
 繰り返すが、これは簡単なことではないのである。
 一つ目の実を切り落とした時点で当然ながら戦輪には多少の抵抗が加わる。その結果生じる僅かの軌道のズレを考慮に入れないと、二つ目の実を落とすことはできない。しかも、二つ目の実を落とした後、全く同地点に戦輪は戻っているのである。
 よほどの計算と腕がなければできるものではない。

 「ど、どうやったんだ・・・あれ」

 「な!すげーだろっ?」

 呆然と呟いた平太に級友の興奮した声が返る。

 だが、これで驚くのは早かった。
 半助は鼻歌でも歌いだしそうな顔で、再びソレを投げた。

 ヒュンッ
 ぽと、ぽと、ぽと。

 ヒュンッ
 ぽと、ぽと、ぽと、ぽと。

 ヒュンッ
 ぽと、ぽと、ぽと、ぽと、ぽと。

 今や、木の周りはさながら橙色の絨毯のようである。

 「すげー!!!」

 「半助ちゃん、かっこいー!!!」

 三階の教室から沸き起こったやんややんやの大喝采に、半助が顔を上げた。
 そして、にかっと笑って生徒達に向けぶんぶんと両手を振る。
 ノリがいいのである。

 そんな興奮した空気の中。
 ・・・ずーん・・・と項垂れる少年が一人。
 平太である。

 「半助ちゃんって、やっぱ俺達とは全然レベルが違うよなー!」

 ぐさり。

 級友の無邪気な言葉が鋭く胸に突き刺さる。
 やっと手裏剣がモノになったと思ったら、今度は戦輪・・・・・。

 「お前も大変だなぁ、平太」

 同情するような面白がっているような明秀の言葉が、平太の落込みにさらに拍車をかけた。


 そのとき。

 「こらー!!何をやっとるかー半助!!!」

 眼下で怒号が響き渡った。
 伝蔵である。

 「学園内では練習以外の手裏剣も戦輪も禁止だ!教師が規則を破ってどうする!!」

 「わっ、ご、ごめんなさーい!!」

 半助の声にかぶさるように、生徒達の笑い声が起こった。



 それからしばらくして。
 ガラリ。
 教室の戸が開いて、両手いっぱいに蜜柑を抱えた半助が姿を現した。

 「「「先生っ!」」」

 瞬く間に生徒達が周りを取り囲む。
 珍しくきらきらした目を向けられて、半助はバツが悪そうに苦笑した。

 「これ、山田先生が責任もって食えって・・・・・。俺一人では無理だ。みんな、手伝ってくれ。・・・あれ、平太?具合でも悪いのか?」

 入れ違いにぐったりと疲れたように廊下へ出て行こうとする平太に、半助が声をかける。

 「俺・・・、自主トレ行ってきます・・・」

 「自主トレ?今から・・・?でも、その前に蜜柑」

 その声も聞かず、平太はく・・・っと涙をこらえ、廊下を走り去った。

 「おーい、平太―!・・・・・・どうしたんだ、あいつ?」

 首を傾げている半助に、生徒達が群がる。

 「「「さっきのあれ、どうやるんですか!?」」」

 「え?・・・あぁ、あれか。修行時代に、師匠に面白半分でやらされたんだ。つい懐かしくてな。もっとも動く人間相手には使えないから、実戦でほとんど役に立たないんだけどな〜」

 ハハハッと無邪気に笑う半助を眺めながら、明秀は今頃がんばって戦輪の練習に励んでいるであろう親友を思い、「罪な人だよな・・・」と呟いた。










がんばれ平太!

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