校庭の木々がすこしずつ色づきはじめた、その秋晴れの午後。
 忍術学園の食堂には、文次郎、仙蔵、長次、小平太、伊作、留三郎の姿があった。
 今日は休日で、テーブルの真ん中には、朝から町に出ていた文次郎が土産に買ってきた菓子の包み。
 それを摘まみながら彼らがとりとめのない雑談をしていると。

 「おばちゃん、お茶を一杯ください」

 と言いながら一年は組の教科担当、土井半助が戸口から入ってきた。
 しかしおばちゃんは、先程ヘムヘムに呼ばれて何処かへ行ったきり、まだ戻っていない。

 「あれ?おばちゃん、いないのか、、、」

 頭を掻いて呟いた教師に、小平太が「土井先生ー!」と呼びかけ、ぶんぶんと両手を大きく振った。
 そんなにしなくてもこの狭い食堂ならすぐにわかるだろうに、と文次郎は笑いを噛み殺す。

 「なんだー、七松?」

 彼もやはり同じことを思ったのだろう、可笑しそうにくすくすと笑いながら文次郎達のいるテーブルへやってきた。

 「これ、先生もよかったらどうぞ」

 小平太は食卓に置かれた急須で教師に茶を淹れてやり、そして団子の並ぶ包みを指差した。
 それを見て、半助の顔が綻ぶ。

 「お、高田屋の団子じゃないか。どうしたんだ?」

 「文次が今朝、町に出たときに買ってきたんです」

 「私も貰っちゃっていいのか?」

 今度は自分に向けられた問いかけに、文次郎は「もちろんです、どうぞ」と、半助の前へ包みを差し出した。
 わずかに緊張しながら。
 というのも、いまだに彼と話すとき、文次郎は洞窟での“例の”一件が頭を掠めてしまい、気を抜くと赤面しそうになるからだ。まさかこれほど後を引くとは自分でも思わなかったが、如何にもしようがないのだった。
 文次郎が差し出したのは、春と秋だけ限定販売の高田屋名物“蓬と梅と黍の三色団子”である。

 「ありがとう。俺、これ好きなんだ」

 半助は嬉しそうに手を伸ばし、包みの中から一本を摘まんで、ぱくりと口にした。休日のせいか、どことなくいつもより寛いだ雰囲気である。
 自然と零れ出た“俺”という一人称が、なんかいいな、と文次郎は思った。

 「潮江は町に何の用だったんだ?」

 「墨を切らしていたので、それを買いに。そういえば、町で乱太郎達に会いましたよ」

 半助はああ、と苦笑した。

 「何か売っていただろう?」

 「ええ。女の子の恰好をして、髪飾りを売っていました」

 「染物屋をしている伊助の家から大量の端切れを貰ったんだって、この前きり丸が大喜びで職員室に見せに来てね。おかげでここ数日は髪飾り作りで三人ともずーっと目の下にクマを作っていた」

 「へぇ。あれ、あいつらの手作りなんですか。上手いもんですね」

 とても素人の、それも十歳の子供が作ったようには見えなかった髪飾りの数々を思い出す。
 てっきりプロの職人が作ったものを彼らが預かり売っているのかと文次郎は思っていたのだ。

 「あの三人はきり丸のアルバイトでああいうのには慣れているからなぁ。あの情熱をもうすこし学業にも向けてくれると嬉しいんだが…」

 教師はそう困ったように笑い、ずずずっと茶を啜った。

 「あ、先生もどうぞ座ってください」

 立ったままだった半助に恐縮して椅子をすすめた伊作に、半助は「いや、これから職員会議があるから」と答えた。

 「休日にですか?」

 「来週、お前達の合同演習があるだろう?その最終打ち合わせなんだ。そろそろ行かないと。団子、ご馳走さま」

 笑顔でそう言い、最後の一つをもぐもぐと頬張りながら、半助は食堂を出て行った。
 直後廊下から、戻ってきたおばちゃんの「土井先生、食べ歩きはいけまへんで!!」という叱咤の声と、「わ、すみませんっ。でも会議に遅れそうで…」「言い訳はなし!」というやり取りが聞こえてきた。

 「土井先生、なんだか生徒みたいだね」

 伊作の言葉に、まったくだと皆でくすくす笑う。
 と、そういえば、と伊作がくるんと文次郎の顔を覗き込んできた。

 「文次郎は乱太郎達から何か買ってあげたの?」

 まさか可愛い後輩から何も買わずに帰ってきたんじゃないだろうね、と暗に言われ、文次郎は「ああ」と答え、懐をごそごそと探った。

 「これを」

 取り出したのは、薄水色と藤色の絞り布が巧妙に交り合って織り込まれた、一本の簪。

 「わぁ、綺麗な色だねぇ〜」

 伊作が楽しげに目を輝かせる。

 「もそもそ…(凝った造りだな)」

 長次は感心したように覗き込み。

 「まさか文次郎、お前がそれを使うわけではあるまいな」

 留三郎は友人とその飾りの組み合わせに、気味悪そうに頬を引き攣らせた。

 「んなわけねぇだろ」

 一瞬それを想像してしまった文次郎は、我が姿ながら本気で吐き気を覚え、顔を顰めた。

 「文次には、ちゃんとあげる子がいるもんね」

 にこにこと微笑んで言った伊作に、留三郎が「ああ、なるほど」と納得したように呟く。
 文次郎は、彼らが自分の彼女である結衣のことを言っているのだと気づいた。

 「あ…、いや。これは結衣にじゃないんだ」

 文次郎はそう言い、ぽんっと真向かいに座る同室人の前にそれを置いた。
 それまで黙って友人達の話を聞いていた仙蔵は、突然のことにぱちくりと瞬く。

 「お前に似合うと思ったんだ。もちろん女の恰好のときにだけど」

 女物である数々の髪飾りの中でその簪を見たとき、なぜか最初に頭に浮かんだのは彼女である結衣ではなく、この同室人の顔で。
 涼しげで、どこか艶のある色合いが、文次郎の中の仙蔵のイメージにぴったりだった。
 中性的な顔立ちの彼は自分と違い度々任務で女装もしているので、きっと役に立つだろうと思ったのだ。

 「あ…」

 仙蔵はすこし驚いたように目を見開き、それからそっと簪を手に取った。
 と、伊作が「うわぁ…」と目を丸くする。

 「その色、すっごく似合ってるよ、仙蔵!」

 「さすが文次は六年間同室なだけあるなあ」

 「もそもそ…(似合う)」

 「ま、文次郎の割にはいいセンスだな」

 次々と友人達から上がった感嘆の言葉に(最後の一言は余計だが)、文次郎は満更でもない気分になった。
 しかし肝心の仙蔵が、ぼうっとしたまま一言も言葉を発しない。
 絶対に似合うと確信したため迷わず買ったのだったが、やはり女物などを贈られても不快なだけだったろうか、と今になり文次郎は思った。

 「あー…、仙蔵。もし気に入らなかったら、無理しなくていいぞ。そんなに高いもんじゃねえし。なんなら結衣にやっても…いや、これはあいつには似合わねぇか。とにかく、俺が勝手に買ってきただけだから」

 「あ、いや…」

 文次郎の言葉に仙蔵は我に返ったように顔を上げた。

 「――そうじゃないんだ。気に入ったよ。これは有難く使わせてもらう。ありがとう、文次郎」

 仙蔵は文次郎の目を見てそう言い、それから丁寧に簪を自分の懐へ仕舞った。
 普段どんなに文次郎に対し嫌味を言っていても、こういう時には礼を忘れない仙蔵に、文次郎は知らず微笑んだ。
 仙蔵のこういうところが、文次郎は昔から好きなのだ。

 「でさ、結衣ちゃんには何を買ってきたんだ?文次」

 「は?」

 「……まさか何も買ってきてない、とか?」

 小平太がちょっと驚いたように文次郎を見る。

 「何も、、、買っていない。…何か買ってくるべきだったのか?」

 文次郎は結衣が初めての彼女なので、そういうことがよくわからなかった。
 こういう場合、彼女にも髪飾りを買ってくるのが、世の男女の普通の付き合いなのだろうか。

 「買ってくる“べき”、というか…」

 伊作が困ったように苦笑する。

 「どうやら文次郎の春も、そう長くはなさそうだな」

 呆れたようにふっと笑った留三郎に。

 「てめーに言われたくねぇ!」

 文次郎は言い返した。

 それからいつものごとく二人の言い合いは「うるさいからケンカなら外でやってちょうだい!」とおばちゃんから食堂を追い出されるまで続き、こうして麗らかな秋の休日は過ぎていったのだった。








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そうなんです、じつは文次には彼女がいるんです(オリキャラ結衣ちゃん)。
文次は可愛い女の子に告白されたら、普通に嬉しくて、普通に付き合って、普通に初体験もしちゃいそう(そういう意味で、普通の男の子っぽい)。
その点仙様はちがいそう。文次よりもモテるのに本当に好きな相手じゃなければだめで、「とりあえず付き合ってみる」はやらなそう。
私の中の二人はそんなイメージ。
でもって彼らのビジュアルイメージは、ニコ動の手書き上級生神MAD様達です(ほんと素敵すぎる…!)。